さんぽ

環境関連、武術、その他、気になったことをつれづれに。

満足できない日々を変えるために、ある男が実践した「恐怖や不安の乗り越え方」

原文作者のJaimal Yogis氏は、「ESPN The Magazine」「The Washington Post」「The Daily Beast」などで記事を書いているジャーナリストで、いくつかの賞を受けたこともあります。そんなJaimal Yogis氏が「恐怖心をいかに克服するか」を教えてくれました。自らの息子や自分自身に課した訓練とは、「脳の構造」から見た克服法とは、いかなるものでしょうか。


■息子に曝露療法を試してみることにした

去年、私は妻と5カ月の息子を連れて、ヨーロッパを2カ月にわたって旅しました。妻は盛りだくさんの行程表を作ってくれました。しかし、3日目ともなると、小さなレンタカーにベビーベッドを押し込んで数日ごとにホテルを転々とするバケーションなので、どうも楽しくないことに私たちは気づきました。息子には決まった時間に一人で寝る習慣をつけさせたのですが、この旅を楽しむためには、一度それを白紙に戻さないといけなかったのです。

残念なことですが仕方がありません。せっかくなので、私たちはヨーロッパの石畳を一日中歩いたあとに、ベッドで川の字に寝るのを大いに楽しみました。問題は、サンフランシスコに戻ってきてからです。家に帰って来て、元の習慣に戻ろうとしたら、息子はストライキに入ってしまいました。ベビーベッドで全く寝てくれないのです。ベビーベッドの中に入れられた息子は、無実の罪で牢屋に入れられた囚人のように、棒をつかんでガタガタと揺らしながら抗議するのでした。

子どもを泣かせっぱなしにするのは気が引けたので、さまざまな育児書からヒントを得て、認知療法のひとつである「曝露療法(exposure therapy)」を試してみることにしました。友人たちはおそらく一生笑いのタネにするでしょうが、私は息子と一緒にベビーベッドの中で何日か眠ったのです。私にとっては腰にくる経験でしたが、息子にとっては意識を変える出来事になりました。息子はすぐに一人でも機嫌良くお昼寝ができるようになったのです。しかし、夜はまだ一人で眠りにつけません。夜中に目を覚ましたとき、自分で自分を落ち着かせてまた眠る、ということもできませんでした。そこで、ステージ2です。

ベビーベッドの中でしばらく泣かせておいて、数分待ってからあやしに行くようにしました。息子に、「一人でベビーベッドの中にいるという恐ろしさは、実はそれほどでもない」ということに気づいてもらうためです。この結果、息子も私たちも睡眠不足が数日間続きましたが、1週間も経たないうちに息子は一人で眠りにつき、一度も夜中に目を覚まさないようになったのです。

■大人は恐怖心を性格だと思い込んでいる

子を持つ親であれば、子どもが怖がるものに対して、上記のようなアプローチをしたことがある人も多いことでしょう。でも、なぜ私たちはそれを自分自身に適用しないのでしょうか。

私たち大人は忙しいせいか、怖いものや好きでないものについて考える暇がなかったり、なかったことにして過ごしたり、一見は合理的に思えるような考え方で処理した気になったりしています。あまりに長い間、恐怖心を持ち続けているので、「私はリーダーの器じゃないから」とか「思えばいつも太り気味だった」とかいうように、それが性格のように自分の中に根付いてしまうこともあるくらいです。これでは自分の可能性をうまく生かせないままになってしまいます。

■なぜ曝露療法なのか?

恐怖心やストレス、不安感を和らげるには、エクササイズ、瞑想、心理療法、薬など、いろいろな方法があります。自分に合った方法を選べば、どれもある程度の効果が期待できますが、恐怖症や不安障害には曝露療法が最も効果があるとされています。

しかし、スタンフォードの神経科学者で、不安障害を専門とするPhilippe Goldin氏によると、心理学の博士号を持っている人の30%しか曝露療法のトレーニングを受けておらず、修士号レベルのMFT(Marriage and Family Therapist)になると、その確率はさらに下がるのだそうです。かつてフロイトが言ったことは正しかったのです。彼はこう言いました。「私たちの恐怖心は時に、思ってもみないところに根があるもので、プロの手を借りないと引き出せない」。

曝露療法が使えない恐怖の中には、例えば「いつかテロリストに連れ去られるのではないかとおびえている」というようなものがあります。他には、とても重いPTSDやODC(強迫性障害)に対しては、専門の治療法があるので、曝露療法は適していません。

でも、私たちが持っている恐怖心はだいたいの場合、高所恐怖症や、大勢の前でスピーチするのが怖いなど、わかりやすいものです。こういう類のものには「ポジティブな方法でその状況に自分を置くこと」を繰り返すと最も効果があるようです。怖いと感じる状況に置かれても、少しずつ、自分の反応が変わってきます。次第に怖くなくなったり、少なくともコントロールできたりする程度になってくるのがわかるでしょう。

■脳はタマネギのような構造になっている

Goldin氏の他、恐怖心を専門とする神経科学者であるJoseph LeDoux氏やDaniela Schiller氏は、曝露療法に効果がある理由を以下のように説明しています。

まず、私たちの脳は「タマネギの層」のようになって発達してきました。空腹や性欲、恐怖を感じる部分、呼吸や心拍を司る部分は、最も基本的な機能として、タマネギの中心に近いところにあります。抽象的思考や論理的思考を司る部分は、外側の方の前頭前皮質にあります。タマネギの中心は私たちの先祖も持っていて、前頭前皮質が発達して今の私たちの脳のサイズになるずっと前のものです。人類の発達と同じように、赤ちゃんの脳もタマネギの中心部から発達するので、理由付けをする能力を持つ前に、むき出しの感情を経験してしまうのです。

このように、赤ちゃんを観察していると、脳がどのように発達していくかを目にすることができます。つまり、赤ちゃんが何かうれしいこと(例:おかあさんのおっぱいを吸う)を経験すると、そこにいい意味での執着が生まれ、逆に嫌なこと(例:ベビーベッドに一人にされる)を経験すると、恐怖感や嫌悪感を学んでいくのです。

前頭前皮質が小学校から高校にかけて発達するのと共に、私たちは自分の感情に理由付けができるようになってきます。しかし、自分で自分の心臓をコントロールできないように、自分で自分を落ち着かせるのは難しいことです。ライオンを見て恐怖を感じたときや、締め切り前のストレスに打ちのめされそうになっているときに、意味のある理由付けをして自分をなだめるのは簡単ではありません。原始的な脳は、理由付けをするよりも早く反応します。つまり、あなたはスピーチが苦手なのに、誰かがみんなの心を動かすようなスピーチを頼んできたら、「大丈夫、何とかなるさ」と自分に言い聞かせる前に、あなたの心拍数は上がり、妙な汗をかき始めている、ということです。理由付けができれば、不安な気持ちがあったとしてもスピーチをなんとか披露することは可能です。でも、ドキドキや冷や汗を抑えるには、スピーチを数多くこなすしかないのです。急に声がかかるかもしれないことを想定して、こっそりスピーチを練習しておくといいかもしれませんね。

■恐怖感は深く長く私たちの脳に影響を及ぼす

『Nature』誌に掲載された神経科学者のDaniela Schiller氏とElizabeth Phelps氏による興味深い記事があります。彼らはニューヨーク大学で、「コンピュータースクリーン上の青い四角が怖いものだ」と言って聞かせ、それを見せつつ、何回かの軽い電気ショックを治験者に与えました。被験者は、「青い四角は別に怖いものではなく、あの変なブザーが電気ショックを与えているだけだ」と頭ではわかっています。しかし、原始的な脳が反応することを止められず、青い四角を見ると電気ショックなしでも発汗してしまうことがわかりました。

無意識的な恐怖感に対して、いかに意識が微力であるかを再確認するために、Schiller氏は私に同じ実験をしてくれました。もちろん、私はテストの内容と結果をわかった上で行っています。すると、1回目の電気ショックのあとには、青い四角に対して自分では恐怖を感じませんでしたが、モニターは私が冷や汗をかいていることを示していました。さらに、この被験者たちに丸一年経ったあとにまた来てもらって実験したところ、青い四角を見て、まだ恐怖を感じることがわかりました。

このことから、恐怖感がいかに深く長く私たちの脳に影響を及ぼすかを想像できると思います。トラウマなどがいい例ですね。Schiller氏とPhelps氏は、このような恐怖感を克服するのに、「恐怖心の根元を刺激し、ポジティブな経験と書き換える曝露療法がいい」と主張しています。つまり、青い四角を見ても電気ショックを受けなかったという経験を重ねることによって、電気ショックを受けた過去の記憶を書き換えるのです。恐怖心に対しては、回避しようとするのが自然な反応ではありますが、それでは克服できないのです。では、どうすればよいのでしょうか。

■毎日1つずつ怖いものと向き合ってみる

「怖くなんかない」と自分に言い聞かせても無駄なような気がするかもしれませんが、より発達し、抽象的思考や論理的思考を司る(タマネギの外側にあたる)前頭前皮質を刺激すれば、恐怖心を和らげていくことは可能です。子供に「暗闇や新しい学校は怖くない」と言って聞かせるようなもので、恐怖心がどのように働くのかを理解すればいいのです。自分の恐怖心は、子供が暗闇を怖がるのとは訳が違うと思うかもしれません。でも、少しずつ怖いものと向き合っていかなければ、タマネギの中心にある原始的な脳だけが働き、怖いと感じるものに対する論理的な理由付けができないままになってしまいます。

私はこれを、身をもって体験しました。私の親は軍人だったので、よく引っ越しをし、何回も転校をしなければなりませんでした。とてもシャイな子供だったので、変化に適応するのは難しいものでした。ただ、私はシャイではありましたが、一度友人ができれば心を開き、深い付き合いになりました。だから、私が新しい学校へ行くと、いつもこんなことをしていました。

まず、「僕は一人でいたい思想家、アーティストなんだ」と自分に言い聞かせながら、校庭を一人で歩き回ります。そうするとそのうちに、社交的な子供が、かわいそうだと思って私を遊びに誘ってくれます。私はすぐに嬉しくなって、その子と仲良くなり、必ずといっていいほどその子と親友になるのです。そして、新しい親友は私を彼の友達に紹介してくれ、いつの間にか私は大人数のグループの中にいます。再び転校しなくてはならなくなったときも、最初は一匹狼を装うという、リスクの少ない手を使います。相手が声をかけてくれるのを待つ方がうまくいくことを学んだのです。

私が育ったのが「優しい男はかっこ良くない」という世代だったからか、「一匹狼を装う」という方法は成功し、私はいつも人気者でした。でも、自分の社会性に不安があることを隠すために受け身でいるという方法は、現実世界に出てみると、それではダメなことがわかりました。仕事や人間関係に対して、私はいつも満たされない気持ちでいました。

30歳代になる頃には、あまり情熱を持てない記事を書きつつ、薄っぺらい恋愛をしていたのです。その恋愛がひどい終わり方をしたときに、やっと私は自分が変わらなければいけないことに気づきました。そして、恐怖心について科学的な見解を調べてみたら、偶然にも曝露療法に出会ったという訳です。

私の好きなマーク・トウェインは、「勇気とは、恐怖心がないことではなく、恐怖心があっても行動を起こすことです」と言っています。だから、私は自分自身に課題を課しました。毎日1つ、怖いと感じることをやってみるのです。例えば、エレベーターで見知らぬ人に話しかけるとか、連絡が取れなくなっていた友人とコンタクトを取るとか、だめかもしれないと思う原稿でも出版社に送ってみる、とか。

赤ちゃんの歩みのような小さな一歩ずつでも、楽しいものでした。予想してなかった出版社との契約や、あきらめていた映画製作の資金の目処など、サプライズが起きたのです。そこで私は、身体的な恐怖心にも向き合うことにしました。ホホジロザメと一緒に潜ったり、サーフィンをしたり、ブラインドデート(初対面同士のデート)をしてみたり。

ブラインドデートなんて、そんなに大変なことじゃないと思う人もいるかもしれません。でも、私にとっては大きなチャレンジだったのです。何年も前から、友人は私をブラインドデートさせようとしていたのですが、気まずくなりそうなのが目に見えていて、なんだかんだ理由を付けて断ってきました。

それが、デートしたいと感じる女性たちとの距離を数カ月間かかって近づけていくうちに、ちょうどそこに降ってきたチャンスを楽しんでみようかという気になったのです。約束のワインバーに到着し、美しい女性を一目見たときには、さすがに緊張しました。美しい女性は、知り合いにデートの都合をつけてもらう必要なんてないだろうと思い込んでいたのです。でも、彼女に自分が緊張していることを伝えていくうちに、次第に心が高鳴っていったのです。

そして2年後、その美しい女性とのヨーロッパ旅行中に、私たちの息子の睡眠について話し合っているのでした。