マクドナルドがこだわった「らしさ」とは何か?
Business Media 誠
成功する一握りの人々だけが実践する、共通の「思考の法則」を知るには、いったん私たちが常識だと考えてきたルールをリセットする必要があります。そして、彼らの行動や考え方に注目し、そのエッセンスを吸収して、その根底にある思考のサイクルを身に付けることが重要です。
成功者はみな、次にあげる5つのビジネスプロセスを何度も、高速回転で循環させています。私は、キーワードとなった5つの英単語の頭文字をとって「5Aサイクル」と呼んでいます。
1. 顧客の抱える問題の「認知」(Awareness)
2. 問題解決のための従来と異なる「アプローチ」(Approach)
3. アイデアのスピーディな「実行」(Action)
4. 仮説と実行結果の差異に対する「分析」(Analysis)
5. マーケットニーズに合わせた柔軟な「適応」(Adjustment)
さて、ここで問題です。
●【問題】解答例にならって自分なりに考えてみましょう。
・あなたはハンバーガーチェーンのオーナー社長。この10年、店舗数は順調に増えたが、1店当たりの売り上げは連続して減少。役員の中には、「ハンバーガーはもうあきられたから、カレーやチャーハンを出してみては?」を話も出ているほど。確かに、これまで興味がなかった人が来店してくれれば、新たなビジネスチャンスが得られそうだが……。
解答例A
・店舗が多ければ、メニューを増やすことで顧客の選択肢は増え、売り上げは上がるはず。店舗の数を強みにメニューの多様化を図って勝負すべき。
解答例B
・むやみにメニューを増やすのには反対。ハンバーガー屋なのか何屋なのか、分からなくなる。
●メニューを増やせば、人は増えるのか?
「品ぞろえが増えれば、これまでハンバーガーに興味のなかった層も来てくれるかもしれない」
確かに、店舗数が多ければ新しいカテゴリでヒット商品を生み出すことによって集客力、収益力が回復するかもしれない……。そう考えるのは、間違いではありません。ただし事業の「本筋」を忘れると短期的な収益で終わるだけでなく、ブランドイメージがあやふやになり、長期的にはマイナス効果に終わることもありうるのです。
実は日本マクドナルドも、同じような状況に陥ったことがあります。1990年ごろ、マクドナルドは出店ラッシュでその数は日本全国で1000店を超えていました。しかし、店舗数の伸びとは裏腹に収益は急速に悪化していたのです。
社内ではその原因を店が増えすぎたことによる「共食い状態」であると考えていました。ハンバーガーの需要は既に頭打ちだから、その限られた需要を多くの店舗で取り合う「共食い」だと。
だからもはやハンバーガーにこだわらず、店舗数の多さを生かしてカレーやチャーハンなどメニューを増やせば、収益力は回復するのではないかという話が持ち上がったのです。そして実際に、カレーやチャーハンを提供したといいます。今となってはマクドナルドでカレーが販売されているのは、イメージしづらいですね……。ともかく、日本マクドナルドは7年連続で既存店売り上げが減少するという、崖っぷちに立っていました。
ところが、Appleからヘッドハンティングされて日本マクドナルドへやってきた異端の経営者は、まったく別の見方をしました。むやみに多角化するのではなく基本に立ち戻ろうと考えました。
「ハンバーガー屋は、ハンバーガーをおいしく、高い品質のサービスで提供することがコアビジネス」として、自分たちの原点に立ち戻ることにしたのです。
あらためて飲食業の基本となる「QSC(おいしさ、サービス、清潔)運動」を促進し、不採算店を徹底的に閉鎖して優良店に絞った上で店舗オペレーターの教育や評価制度といった「質の改革」に乗り出したのです。
結果、その後日本マクドナルドはなんと、8年連続の増収増益! 「マック(Mac)からマック(McDonald)へ転身」と冷やかされた新社長の原田泳幸氏は、一転、日本のカリスマ経営者の1人として知られるようになりました。
●企業の「らしさ」とは何か?
企業にはそのサービスを印象付ける「ブランディング」が必要です。ブランディングは、顧客が自社と競合企業とを識別できるようなコンセプトを構築すること。一言でいうと「らしさ」です。「らしさ」を壊して、むやみに多角化したり、ヒト、モノ、カネといった企業の持つ貴重なリソースを分散させたりすることは避けるべきです。コアビジネスの付加価値を高める努力を怠ってリソースを分散させると、すべてがどっちつかずになって崩壊するのが関の山です。
また、「らしさ」は企業文化でもあります。技術や業務プロセスは容易にまねすることができても、企業文化や組織の雰囲気というのは人と人とのコミュニケーションの上に成り立っているので、容易に模倣はできません。企業文化が、その企業のコアコンピタンスになっている企業は強いのです。
例えばザ・リッツ・カールトンの上質なおもてなし、サウスウエスト航空の乗務員による機内エンターテインメント、東京ディズニーリゾートの提供する夢の国は、すべて現場でサービスを提供する1人1人の「顧客に楽しんでもらおう」という強いマインドセット(気構え)がもたらすものです。日本マクドナルドも、厳しい時代を乗り切るために、店舗スタッフの教育や評価制度などの「人」の問題に取り組んだのは、まさに「マクドナルドらしさ」は現場のサービスにある、といった信念ゆえだったのでしょう。
「らしさ」を保てている企業は、強く、そして、長期にわたって繁栄できます。誰もやっていないことをやろう、というイノベーションに根ざした企業文化は特に強いです。
例えばAppleの「らしさ」は、希代のクリエイター魂を持つ創業者スティーブ・ジョブズが作ったものです。Appleはそもそもコンピュータメーカーでしたが、今では半分以上の売り上げがiPhoneという携帯電話メーカーです。
しかし主要製品のカテゴリが変わろうとも、私たちは、「この製品はいかにもAppleらしい」と感じることができます。それは、携帯電話やPCといった機械に機能だけでなく、ジョブズが求めたデザイン上の「セクシーさ」や、「驚くべき操作性やインタフェース」があるからでしょう。企業文化のコアパーソン亡き後、Appleが「Appleらしさ」を保っていけるかどうかが、注目されます。
話は脱線しますが、ソフトバンクの孫正義氏は学生時代から日本マクドナルドの創業者である藤田田氏を尊敬していたそうです。そして孫正義氏が高校生の時に「どうしても会いたい」と、いきなり当時の社長だった藤田氏を尋ねました。そのときに藤田社長がアドバイスしたのが、次のような内容だったといいます。
「これからビジネスをやるなら、コンピュータを勉強しろ」
孫正義氏はそのアドバイスを胸に後年、ソフトバンクを創業。通信事業に乗り出し、iPhoneで大ブレイクしました。そして今、Apple出身で元コンピュータ技師でもある原田社長が新しいマクドナルドの価値を作り出し、さらなる飛躍を続けているというのは、何とも運命めいたものを感じます。
企業には、「らしさ」が不可欠です。
しかし、同じスタイルにこだわりすぎても生きていけません。環境は常に変化しています。市場環境、顧客のニーズに合わせて、自らを変えていく適応力も時として必要です。
「らしさ」をキープしつつ、環境に適応して大変身した国内企業を紹介しましょう。富士フイルムは、カメラや映像がデジタル化され、フィルムが不要になるメガトレンドにおいて、経営陣の機転によって主力事業「フィルム」をうまく方向転換させることができました。
今は、社名に「フイルム」と入っているにもかかわらず、フィルム関連事業の割合は5%まで低下しているといいます。その代わりに、化粧品や医療、健康食品といった従来なかった分野に多角化しているのです。
それでは、富士フイルムは「らしさ」を失ったのでしょうか? 実は、そうではありませんでした。
例えば、化粧品。一見すると、写真フィルムと化粧品に共通点は見いだせないように思えます。でも、これが意外にも密接なつながりがあったのです。
あまり知られていませんが、写真フィルムの主成分はコラーゲンです。あの、肌には不可欠な成分ですね。富士フイルムは、日本でも有数のコラーゲンを知り尽くした企業というわけです。そして、写真の「色あせ」を防ぐための技術。これは、肌の老化防止に重要な抗酸化作用につながります。
そして、薄いフィルムの階層に安定的にこうした成分を吹き付ける超微粒子技術(ナノテクノロジー)。この技術は、美容液などの有効成分を肌に浸透させるために、超微粒子にする部分で使われているのです。つまり分野が異なるだけで、写真フィルムや現像に必要な技術をそのまま生かせるのが、化粧品の分野だったわけです。
「らしさ」をなくして、何でもかんでも多角化したわけではなく、しっかりと「らしさ」の根源にあるコア技術を応用できる分野を探して、拡大していったのですね。
一方で、米国の最大手フィルムメーカーだったコダックは破たん。過去の繁栄、フィルム時代の甘い記憶が判断を鈍らせたのかもしれません。富士フイルムとコダックという日米のフィルム大手が迎えた対照的な結果は、経営判断の大切さを強くを印象づけました。
●企業の「変態力」、ものすごい強みに
「変態」という言葉があります。変態とは、動物の生育過程で幼年期と成体の間で大きく形が異なることを指します。土の中で幼虫が育ち、やがて成虫になると羽が生えて、大空に飛び立つ……。そんなシーンを想像してみてください。環境に合わせて生きるために、形や場所が最適化されるのです。
これは、企業の成長過程でも同じことです。
コアとなるスタイル、スキル、強みを残したまま、どのように環境変化に合わせて、うまく「変態できるか」、これが一番重要な生き残りの技術です。
そのためには、まずコアコンピタンスが何であるかを定義しなければいけません。どんなに自社が変わっても、変わらないものは何かを明確にしなければいけません。それが特別な技術なのか、マーケティング力なのか、企業文化なのか……。
まずは、絶対にブレない中心核を定めましょう。その後で、その時々で最適な判断をしていけばいいのです。コアコンピタンスの価値を十分高める努力を怠って、リソース(経営資源)を分散させるのは、自ら窮地に陥っていくようなものです。
●ビジネスプロデュース力のヒント
・あなたは自分の会社の「らしさ」を一言で説明できるか? その「らしさ」は、ライバルに対して十分な優位性があるか? 顧客にとっての価値あるものか?
・コアとなるスタイルやスキルは「強み」。そして「強み」を失わず、その時々の環境に適応することが、生き残る唯一の術である。
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人も同じ。