38歳イチローに見る中高年の“本懐”の遂げ方 不確実性の時代に「悔いのない道」を選ぶには?
2012年7月31日(火)
7月24日、誰もが予想しなかったイチロー選手の移籍が発表された。
今年38歳を迎えるイチロー選手が、米大リーグに来てから11年間在籍したシアトル・マリナーズからニューヨーク・ヤンキースにトレードされたのである。
トレードが発表されるとすぐに、イチローはヤンキースのユニフォームを着て、ヤンキースの一員としてプレーしている。
まさに「電撃トレード」とはこのことだ。
報道によると、今回のトレードは球団側からではなく、イチロー本人から球団に打診があり、マリナーズとヤンキースの間で1日という短時間でまとめられたという。
イチローはヤンキースへの移籍に当たって、(1)打線の中で下位の打順になること、(2)控えになることもあり得ること、(3)守備位置が限定されないこと、という3つの条件を全て容認したという。
イチローとしては、こうした条件をのんでも移籍を実現したかったということだ。
今回の移籍の背景には、マリナーズのGM(ゼネラル・マネジャー)が変わったことによって、チーム編成が若手に切り替わっていることがあるようだ。
イチローからすれば、そうした環境変化の中で、自分自身のモチベーションを維持することは難しかったのだろう。
イチロー自身としては、「自分が好きな野球を最後まで一生懸命やりたかった」というのが本音だと思う。
「自分のやりたいことを、最後の最後まで緊張感を持ってやりたい」。これこそ、イチローに限らず、男子の本懐だ。
その本懐を果たそうとする姿勢こそ、イチローのイチローたる所以と言える。
世の中高年層には、イチローの姿が羨ましくも、眩しくも見える。
■松井選手とは異なる“人となり” 夢を追い続ける姿勢にロマンを感じる
米国では、よくイチローと松井が比較される。
イチローは、求道者のようにストイックで近づきにくい部分があり、時に言っていることがよくわからないことがある。
一方、松井は典型的なナイスガイ。
いつも柔和な表情で、言っていることも常識的でわかり易く、誰からも愛される人物と言われる。
両者の野球選手としての能力は、おそらく甲乙つけがたいのだろう。
しかし、その人となりはかなり異なると見られている。
両者の共通項を上げるとすれば、どちらも自分の能力を信じて海を渡り、米国のメジャーリーグの中で注目されるプレーヤーにまで上り詰めたという点だろう。
そしてもう1つ、両者が自分の夢を追い続ける姿勢を持ち続けていることだろう。
最近、自分が年を重ねるに従い、「希望」や「夢」という言葉に重さを感じる。
それと同時に、それらの言葉から、何か胸の中が熱くなるようなロマンを感じるようになった。
特に、若い人たちが明確な目標に向かって進む姿には、一種の憧憬を覚える。
それは、自分自身が中高年層になっているからだけではない。
むしろ、残りの人生の中で、何か役に立つことをしておきたいという願望なのかもしれない。
今回、イチローが11年間在籍したマリナーズを去り、新たにヤンキースの門を叩いた姿勢に熱いものを感じる。
マリナーズでは、新しいGMの下でチームの若返りが進み、イチローの居場所がなくなりつつあるという。
そうした環境の変化に甘んじるのではなく、自分で切り開こうとする姿勢にエールを送りたい。「がんばれイチロー!」。頑張って、われらが中高年の星になれ。そして、多くの人々に夢と希望を与えてくれ。
■ヤンキースは米国流合理主義の総本山 移籍当日から出場できたイチローの凄さ
今回、イチローがメジャーリーグ最高峰のヤンキースに移籍できたのは、何と言ってもイチロー自身に野球選手としての能力があるからだ。
ヤンキースのチーム運営は極めて明確で、勝利するために必要な人材をどこからでも集める。
たとえ、その選手の年棒がどれほど高くても、欲しい選手を買い集めるのである。
そこには、米国流のプラグマティズム=合理主義の徹底が見える。
目的は勝利=ワールドシリーズ優勝だ。
その目的を達成するために、どういう人材が必要で、そうした選手がどこにいるかを常にリサーチしている。
松井もイチローも、そのプラグマティズムに適合したのである。
逆に言えば、どれほど有名な選手であっても、ヤンキースがワールドシリーズで優勝するために必要でない選手を雇うことはない。
かつて、ヤンキースの監督であったトーリ氏は、
「ホームランの数など問題ではない。チームが勝つことに貢献できる選手が重要だ」
と述べたことがある。
その言葉は、ヤンキースというチームの哲学を的確に言い得ている。
イチローがヤンキースに移籍し、当日からヤンキースのユニフォームを着てプレーできるということは、イチローがチームの勝利に貢献できる能力を持っているからに他ならない。
イチローの能力が高く評価されたのである。
我々の日常生活の中でも、これに似たような話はいくらでもある。
勤めている会社の上司が変わったり、方針が変更になるなど環境が変わり、自分の居所がなくなることもあるだろう。
ときには、その変化に甘んじて引退をしたり、窓際に追いやられることもあるかもしれない。
そのとき、生かせる実力があれば、何もその会社に固執しなくてもよいかもしれない。
あるいは、同じ組織の中で、新しい分野に進むことができるかもしれない。
そのときのために、我々はイチローには届かないまでも、自分を磨いておくことが必要になる。
■明日の我が身さえわからない中高年 「悔いのない生き方」は自分で決める!
イチローは、今回の移籍に関する記者会見の場で、とても悩み、時間をかけて決断したことを吐露した。
彼は、昔からファンを大切にするプレーヤーと言われていた。
11年間在籍したマリナーズのファンのことを考えると、確かにヤンキースへの移籍の決断は容易ではなかったかもしれない。
しかし、最終的に彼はマリナーズを去ることを決めた。
彼の決断について、おそらく2つの大きなファクターがあったのだと思う。
1つは、前述した自分の夢や希望の要素だ。
もう1つは、自分自身で決めること自体の大切さである。
つまり、誰かに言われて決めるのではなく、自分自身の考えで決めることだ。
ヤンキースへの移籍は球団に要請されたのではなく、自分の考えで、3つの条件を丸呑みにしてまで決めた。
そこが彼にとって、重要なのだ。
イチロー自身は38歳になり、今後、どれだけ満足ができるプレーを続けられるかわらない。
つまり、今後のことを考えると不確定要素が多く、たぶん自分自身でもどうなるか予測がつかない部分があるはずだ。
予測がつかないからこそ自分で決めることで、これから何か不測の事態が発生したとき、「自分でした判断だから、何があっても自分の責任」と思うことができるのである。
それはイチローに限らない。
現在の経済・社会情勢を考えると、3年先、5年先がどのような状況になっているかほとんど読めない。
そうした状況下では、“誰かに言われた判断”ではどうしても悔いが残るケースは出てくる。
そのとき、「自分で判断したのだから、何が起きても自分の責任」と思うために、自分で決めることが最も大切なのである。
今回、イチローはそれができる状況にあり、実際、そうしたプロセスを経てヤンキースへと移籍した。
そうしたプロセスさえ取っておけば、きっと誰でも納得できる人生を送ることができるはずだ。