高学歴親が子どもを追い詰める 理論攻めで子どもの逃げ場なし〈AERA〉
dot. 6月10日(火)
「できないのは努力不足でしょ」。正論を滔々と語る親に子は無力だ。
反抗しないからといって、「いい子」だと信じ込んでいると、成人してから手痛いしっぺ返しが待っている。(ライター・島沢優子)
都内に住む40代の会社員ヤヨイさんが大学時代の友人と偶然会ったときのこと。連れていた長女を指して、友人は苦笑いを浮かべた。
「T大なの。完全に負け組でしょ? 嫌になっちゃう」
「うちも息子が来年大学受験だよ〜」
とヤヨイさんはフォローしようとしたが、友人はさらに、
「最低でもMARCH(マーチ)くらいには行ってほしかったのにさ。じゃあね〜」
と言って去っていった。
「わが子に面と向かって負け組って……。娘さん、傷ついたんじゃないかな。でも、私の本音を代弁してくれているように感じました」(ヤヨイさん)
●せめて親程度の大学に
最低でもMARCH──彼女の本音もこれと同じだ。MARCHとは明治・青山学院・立教・中央・法政の東京私大5校の略称。「最低でも」と前置きしているように、関西にある2人の卒業大学は5校と同等だ。
「彼女も私もせめて親程度の大学にと思うだけなんだけど……」
一人息子を育てるワーキングマザーのヤヨイさんは、転職を繰り返しながら今の会社では管理職まで上り詰めた。入社試験の面接もするが、学生の大学名は数年前からマジックで黒塗りにされている。大学名で判断せず学生の人となりを見るよう人事担当者に言われるが、本音は「大学はどこ?」とつい聞きたくなる。
「学歴はどうしても気になる。自分自身は社会に出てから頑張って今の生活を手に入れた実感があるのに、わが子には『大学は関係ない』と言う勇気がない。ぼーっとしてて自己主張できなそうで心配。それなりの大学に入ってきちんと就職してほしい」
私大附属の中高一貫校に通わせているが「(附属大に)そのまま上がれると思うな」と宣言してある。もっと上を狙ってほしいのだが、このままではMARCHも微妙だ。友人の負け組話以来不安になり、高校2年から通わせている予備校のコマ数を増やすよう息子を説得中だがなかなか応じてくれない。「附属だから環境がぬるま湯なんだよ」と文句を言ったら、「自分がここにしろって言ったくせに」とにらまれた。
夫に愚痴ると「一貫校にしたら附属大に行きたがるぞって念押ししたら、ママは『それでもいい、人生学歴じゃないよ』って言ったよな」と言われ、余計へこんだ。
ヤヨイさんのように学歴信仰にとらわれると、子育ては苦しくなる一方だ。
●わが子に寄り添えない
「どこからを高学歴と呼ぶかはともかく、大卒の親の子育ては難しい」と話すのは、「子育て科学アクシス」を主宰する小児心理医の成田奈緒子さん(文教大学教育学部特別支援教育専修教授)。小児心理外来で長年親子の悩みを聞いてきたが、患者の多くが高学歴親の家庭だ。
自分ができたことはわが子もできるという根拠のない思い込みをもち、子が別の人格であることを認識できない。自分のメンツを繕うことに執心するあまり、わが子に寄り添えていないケースが目立つ。
「高学歴は弁が立つ人が多いため自分のしゃべる時間がつい長くなり、子の意見を聞いていません。子どもの自発性、積極性が強化されづらい。そこが鍛えられない彼らは自発的に動かないので、親はさらに焦る。悪循環なのです」(成田さん)
都内在住で40代のハルミさんの悩みは、子育てではなく別れた夫だ。医師の元夫(50代)は、勉強が苦手な中学3年の次男の実情を受け止められない。成績表は2と3が半分ずつで模試の偏差値40台の息子に、偏差値65の高校へ行けと言う。
「せめてM大の附属校へ行け。授業を真面目に聞いていれば、ある程度の成績が取れるはずだ。いい高校に行って一流大学に入らなくては就職できないぞ」
ちぐはぐな説教をする元夫はK大医学部卒。附属中学時代から医者を目指し、ひたすら勉強だけをやり続け医者になった。
「彼は自分ができるから、息子もできると思い込んでいる。というか、世間が狭いので自分と同程度の人しか知らない。誰でも勉強すればできるようになると。そのうえ学業成績以外の価値観でわが子を見られない。次男はやさしく気が利いて友達も多いのに」(ハルミさん)
成績のいい高校生の長男は「お父さんは勉強はできても賢くない」と諦め顔だという。「子どもたちのほうが、父親よりもはるかに大人なんです」とハルミさんはため息を漏らす。
自分から学ぶ力を育むことをモットーにする丹誠塾(東京都西東京市)の塾長を務める渡邊憲土さん(43)は、塾生の母親が「私も夫も勉強ができたのに、この子がどうしてできないのか不思議でたまらない」と漏らすのを聞いた。夫婦とも名門大学を卒業していた。
「親御さんは、頑張れば何でもできると言う。でも、そうじゃないときもある。そこを認めてあげないと、本来ある力をつぶしてしまう場合もある」(渡邊さん)
●スキンシップを怠ると
一方で、高学歴の親は学歴のみにこだわるわけではない。
30代までマスコミ関係で働き、最近まで専業主婦だったミサさん(40代パート勤務)は、私大トップのK大に入学した長男をもつ。野球部に所属した高校までは何とも思わなかったのに、大学に入った途端、長男に不満を抱くように。同時に母子のケンカが絶えなくなった。
長男はサークルには入らず、バイトもしない。大学生なのに夫より帰宅が早い。友達もいないし、当然彼女もいない。要するに「まったくイケてない」(ミサさん)。彼女が抱く理想の息子像には程遠いのだ。
「コミュニケーション能力が低く、生きる力が弱いと感じる。大学なんてK大より下の私が卒業したレベルでOK。それよりも、活発で生き生きした子になってほしかった」
はたからはないものねだりにも見えるが、ミサさん自身、密かに反省もしている。
「私が何でも全部言っちゃうから、もう親の言う通りにしたくないのかも。自分の足で踏みだせないんだと思う」
視野が広がるから留学しろ。社会勉強になるからバイトしろ。友達ができるからサークルに入れ。どれも正解だ。だが、前出の成田さんはこう言う。
「正論を言い過ぎるのも高学歴親の特徴。言葉で責めてスキンシップを怠ると、良好な関係を築きづらい」
それをミサさんに伝えると、ぽつりとこう漏らした。
「そういえば、次男は耳かきをせがむけど長男は来ない。中学生くらいから触っていないかも」
親は自分に目を向けて
家族のありように変化もある。成田さんはここ10年ほどで、成人の患者が増えたと感じている。教育実習の際、突然子どもたちの前で話ができなくなるなど対人恐怖の症状が出た女子大生。高校まで問題がなかったのに大学で不登校やひきこもりになるケース。しかも、そういった患者のほとんどが、絵に描いたような「ハッピーな家庭」で育っている。争いごとを嫌い、多少違和感があっても意見しない。
「一番の病理はいい子すぎること。子どもに感情を表出させる機会を与えていないから、コミュニケーション脳といわれる前頭葉を使って行動を起こす経験を積めないのです」(成田さん)
背景にあるのは親たちが「いい子を育てる=自分の評価」ととらえる風潮だ。特に高学歴夫をもつ専業主婦にその傾向が強い。子どもは親の意向を敏感に感じ取り、本来なら「もう、いい子はやめた!」とばかりに荒れる思春期を自我封印で静かに過ごす。あれはダメ、これもダメと何でも管理する空気が「教育現場だけでなく社会全体に強いのも影響している」(同)
では、どうすればいいのか。成田さんに高学歴親へのアドバイスをしてもらった。会話やスキンシップの重要性が説かれているため、ワーキングマザーは「子どもにかかわる時間が短いからダメだ」と思いがちだが、実は働く母のほうが子育てにはつまずかないという。
「圧倒的に時間がないので過度な干渉をせずに済む。保育園や学童保育で大人の目が入るし、その集団の中で子どもはさまざまな経験を積む。専業主婦の方には、趣味を持つなど、とにかくわが子よりも自分に目を向けてと話します」(成田さん)
ケンカ上等。放任万歳。親子で思いをぶつけあい、学歴よりも大事なものを見つけたい。
(文中カタカナ名はすべて仮名)
■ゆり綜合法律事務所・川村百合弁護士に聞く
表出する高学歴親の虐待 子どもの人格を尊重して
高学歴の親でも、子育てに行き詰まった末に親子が孤立化し事態が悪化すれば、児童虐待に結びつく場合も少なくない。それを防ぐにはどうすればいいのか。社会福祉法人カリヨン子どもセンター理事を務め、多くの児童虐待の家庭をサポートしている弁護士の川村百合さんに話を聞いた。
* * *
2012年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は6万6807件。児童虐待防止法が成立した00年度から4倍増ですが、虐待そのものが極端に増えたわけではなく、住民の理解や警察などとの連携が進んだ結果だと言われています。
現場の実感として高学歴の親による虐待が表出するようになったと感じます。児童虐待は貧困層でしか起こらないと思われがちですが、ここ10年くらいはホワイトカラー層にかなり発見されるようになった印象です。つきっきりで勉強を教え、うまくいかないと殴る。身体的な虐待がなくとも言葉の暴力などの心理的抑圧を与える。親自身が同じように育てられたケースも少なくなく、多くは虐待という認識がありません。自覚がないからやめられないのです。
私たちは子どもを一人の人間として尊重し、大人と同じ独立した人格を持つ「人権・権利の主体」としてとらえなくてはいけません。虐待かどうかを自己診断するのは危険ですが、子育てがうまくいかないと感じたら、自問自答してみてください。
「子どもの人生は子どものもの。自分の思い通りにならなくてもいいのだと、私は心の底から思えるだろうか?」と。
もしくは、ママ友など周囲のほうが子育てのありようを冷静に見られるもの。互いにアドバイスしあえる関係を築くこともとても有効です。
※AERA 2014年6月16日号