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「リストラ不安にも効く?」 五輪選手の実力を引き出す“自分を信じる”力

誰にでも高められるバンデューラの「自己効力感」  河合 薫
2012年8月7日(火)

「何かいいなぁ〜」。
一流のアスリートたちの活躍を見ていると、なぜうらやましく思ってしまうのだろうか。

スポーツの祭典があるたびに、毎度のことではあるけれど、気がつくと画面に必死に食らいついてしまっている。さしたる期待も特別な興味もない種目でさえ、なぜか一流アスリートたちに釘づけになってしまうから不思議だ。

「この4年間は自分に対しての挑戦だった。僕にできる、精いっぱいのレースだと思ったし、ずっとそうやって自分のレースをしてきた。悔いはないです」。
水泳男子平泳ぎ200メートルの決勝でメダルを逃した後にこう語った北島康介選手には胸が熱くなった。

「この4年間、何をしていたのだろう」と男子体操の団体戦で銀メダルに終わり悲嘆に暮れた姿から一転。個人総合で優勝し、「世界選手権を3連覇していますけど、4年に1度の重みがある。全然違う。夢のようです」とうれしそうに金メダルを握りしめた内村航平選手にも感動した。種目別で、「最後の最後で、満足の演技ができた」とガッツポーズを決めた時には、こちらまでなぜかホッとしてしまった。

あのアスリートたちの心の“強さ”はマジですごい! そして思う。
「一生懸命な姿って、かっこいいなぁ」と。

一流のアスリートだってこんなに懸命にやっているのだ。苦しみ、もがき、失敗し、絶望の淵に追い詰められ、それでも踏ん張って、自分を信じて歩き続けている。翻って私はどうなのだろう。本当に頑張っているのだろうか。最近、暑さでダラダラだっただけに、余計に反省する。

連日連夜の暑さと寝不足がたたってなのか、最初から少しばかり情緒的になってしまったが、とにもかくにも今週もまだまだオリンピックウィークは続いている。

そこで今回はいつもとは少しばかり趣向を変えて、「自分を信じる力」について、スポーツの世界から考えてみようと思う。

■自尊心とはまるで異なる「自分を信じる」力
自分を信じる力は、心理学の世界では「自己効力感(self-efficacy)」という概念で説明されることが多い。

自己効力感とは、米国の心理学者であるアルバート・バンデューラが「自己効力理論(theory of self-efficacy)」の中で用いた概念で、自分の力を信じて行動する「効力への信念」を意味する。

自己効力感は自尊心と混同されることがあるが、自尊心はあくまでも自分への自己評価。一方の自己効力感は、自分の行動への信念である。自尊心は性格傾向に影響を受けることが多いが、自己効力感にはそれがない。

「最高でも金、最低でも金」という名言を残したのは元柔道選手の谷亮子さんだが、あの一言こそがまさしく自己効力感だ。

自分を信じることができれば、より高い目標を自分のために設定し、挑戦することができる。その気持ちがあれば、困難に直面しても、それは自分への挑戦だと思える。そして、踏ん張って困難に打ち勝つことができると、また新たに前進することができる。この好循環が、少しずつ心を強くし、自分の能力を最大限発揮させるトリガーになり、いい結果をもたらす。

人間の心の働きを巡るメカニズムの中で、自分の持つ力を信じることほど、力強いものはないのである。

自分を信じる力が、様々な効力を発揮することは、いろいろなところで確かめられている。

例えば、慢性疾患を患っていようとも、「自分は健康に毎日過ごすことができる(できている)」と評価できる人は、治療効果が高く、余命が伸びることがある。何回もここで取り上げている「ストレス対処力(sense of coherence)」も、自己効力感を強めることで高められる力であることが、まだまだ少数ではあるもののいくつかの研究から確認されている。

また、自分を信じる力は、不安の軽減にも威力を発揮する。何らかの失敗を経験すると、「また、失敗したらどうしよう」と不安感を抱くことがあるが、その軽減にも、「自分を信じる」気持ちは効き目があるのだ。

「あの時は失敗したけれども、次は大丈夫だ。ちゃんと乗り越えることができる」と信じることで、不安に思う気持ちに対する自己コントロールが可能となり、心身に生じる緊張に対処できるようになる。不安障害を抱えた人を対象とした研究では、自己効力感を高めることが、いかなる治療法よりも優れていたという報告もある。

■メダリストでも「自分にはできる」と言い聞かせている
最近発表された興味深い実験の結果には、自分を信じるのは、多少のハッタリでも構わないというものもある。

これは米国の人類学者、ロバート・トリバース(米ラトガース大学教授)らが行った実験で、「自分は人前で話すのが得意だ」と自身に言い聞かせている企業幹部は、自信に満ちた態度で実際のスピーチに臨むことができ、結果的にスピーチが上手になるのだという。

トリバースらは、自己欺瞞という、いわば人間が自己防衛のために用いる概念のプラス面を探るために、この実験を実施した。その結果を受けて、「自己欺瞞は悪いものと今まで捉えられてきたが、多少の自分へのウソは、不安を軽減させ、いい結果を導く」としたのである。

自分を信じる力、恐るべし。

まぁ、自己欺瞞は自己効力感とは全く異なるものなので、両者を同列に語ることはできないわけだが、「最近、何をやってもうまくいかないなぁ」と嘆いている方は、ハッタリであれ何であれ、まずは自分を信じることから始めた方がいいというわけだ。

少しばかり脱線したので、話を自己効力感に戻そう。

自己効力感が、スポーツの世界で注目されるようになったのは1990年代以降のこと。心が肉体に及ぼす影響への関心は古くからあり、スポーツ心理学という学問として確立し、1900年代初頭から研究が進められるようになった。その中で、メダルを獲得するオリンピック選手や記録を出す選手のほとんどが、試合前に、「自分にはできる」という信念を強く抱いていることが分かってきた。

さらに、自分を信じることが、 厳しい練習を続けようとする身体活動や運動の促進にも好影響を及ぼす心理的要因であることが明らかになった。自分を信じるからこそ努力できる。努力したからこそ、いい結果につながると自分を信じられる。最後は自分で挑むしかないスポーツの世界だけに、自己効力感がもたらす好循環が重要視されてきたのである。

体操の内村選手が先月、東郷神社で必勝祈願を行った際に、「神頼みをしたこともないし、お守りも持たないですね。信じるのは練習と自分だけ」と語ったそうだ。厳しい練習に耐えているからこそ自分を信じることができ、効力への信念は、努力が伴って初めて本物になる。そのことを内村選手は、経験的に感じていたのだろう。

また、興味深いことに自己効力感の高い人ほど、自らわざとプレシャーをかけることで、さらに「自分を信じる気持ち」を強めることがあるとされている。

前述した谷選手などは、公言する、という形でプレッシャーをかけたし、 柔道の全日本選手権で前人未到の9連覇の偉業を成し遂げ、オリンピックでも金メダルに輝いた山下泰裕さんは、試合前になると、「緊張せえ、緊張せえ、もっと緊張せえ」と自分に言い聞かせていたそうだ。 

山下さんの話を学生時代に聞いた当時、私は大学の剣道部に所属していて、試合前にそれをまねてみたことがある。その結果……。試合に負けた。見事に負けた。何と情けないことに、本当にガチガチに緊張してしまい、試合にならなかったのだ。

プレッシャーをかけて自己効力感を高めるという方法は、凡人はまねてはいけない。このことを自らの身をもって証明してしまった格好だ。とはいえ、ネガティブに捉えられがちなプレッシャーでさえも、「自分を信じる力」を十分に高めてさえおけば、味方につけることも可能なのだ。

■2つの条件が加われば人生の大きな傘にもなる
このようにスポーツの世界に欠かせない自己効力感なのだが、ある条件が加わることで、日常生活で遭遇する問題や困難、様々な要求に効果的に対処するための、大きな力になることがある。スポーツを通じて得た「自分を信じる気持ち」が、生きていくうえでの大きな傘、になるのだ。

その条件とは……。

(1)競技生活に長く携わっていること

(2)スポーツの場面で、自分の能力が伸びていくことに、楽しみや喜びを感じていること

 以上の2点だ。

何かに挑戦し続けていると、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。どんなに自分の力を信じようとも、成し遂げられない壁にぶつかることがある。

その自分の弱点やカッコ悪さを受け入れながらも、それでもくじけることなく、再び立ち向かう。そうした経験に基づく自分への信念が、限定された場面から人生という広い世界に広げられていく。

同時に「誰かに勝ちたい」といった外に向けられた目標よりも、自己の成長といった具合に、内向きの目標に向かって努力を重ね、自分と闘っていく経験をすることが、自分への信念の幅を広げることに役立つ。

つまり、自己効力感を、人生上で遭遇するあらゆる困難を乗り越えるための、太くて大きな傘にするには、自分のダメな部分、自分の足りない部分を、ありのまま受け入れる。そして、それでもなお「成長したい」と思い、自分の可能性にかけて、自己の成長に喜びを感じる感性を失わないことが大切なのだ。

自分の能力と正面から向き合い、自分を精一杯出しきることの厳しさと満足感が、決して思い通りにはならない人生を生き抜く強さをもたらすのだろう。

以前、2度もリストラに遭い、人生のどん底を味わったという方にインタビューさせていただいたことがある。その際、この方が興味深いことを話してくれた。

当時、45歳だったその男性は、1997年からの10年間に、会社が倒産したり、工場が閉鎖されたりして、大変な状況を経験していた。しかし、折れることなく、今も前向きに働いている。その理由として、「マラソンと出会ったことがきっかけだった」と語ったのだ。

「仕事が見つからないから時間はあるし、おカネはないし、会社に行かないから体はなまる。それで、シューズだけ買ってマラソンを始めたんです。すると最初は3キロ走るだけで息が上がっていたのが、5キロ走っても平気になった。で、少しずつ目標を決めて走るようにしたら、どんどんとタイムが伸びていった。単純にうれしくてね。『オレもやればできるんだ』って気持ちが少しだけ味わえたんです。リストラされて、完全に自信喪失してましたし、就職の面接でも弱気なことしか言えなくなっていましたから、本当に救われたような気分でした」

「今は、知人の紹介で以前の仕事を生かせる職場で働いています。マラソンに出会えてなければ、再就職もできなかったかもしれません。もちろんマラソンも続けています。今はとにかく仕事も精一杯やっていこうという気持ちです。走っている時の苦しさを思い出すと、もっとできると思えるんです。仕事も踏ん張れるから不思議です」

■2度もリストラに遭った人が前向きになれた理由
皇居の周りを通るたびに、たくさんのランナーの方たちを見るが、彼らもこの男性と同じような思いをどこかで感じているのかも、などと思ったりもする。もちろんあくまでも想像である。でも、仕事ではなかなか目標を達成したり、自分の成長を実感したりするのが難しい面がある。特に、年齢を重ねていると、上司からのフィードバックも若い時ほど受けなくなるからなおさらだ。

そんな時には、マラソンでもいいしほかのスポーツでも何でもいいので、何らかの目標を定めて、自分がチャレンジしていけるものに取り組んでみる。そうした試みが、自分の仕事への信念を取り戻すきっかけになることもあるのではないか。

先月10日に公開したコラムでキャリア・レインボーの話を書いた(関連記事:「キャリア意識が低い?」 彼女が出産を機に辞めたホントの理由)。自己効力感という自分への信念をほんの少しだけイメージしながら、様々な役割を演じれば、より相乗効果が高まるのだ。

ついつい私たちは、人と競ったり、比べたりすることで、他者に勝る部分を知ることが自分の強さだと捉えがちだ。しかし、真の強みは、他者と比べるものではない。

真の強さは、自分が持っているものを最大限に伸ばすこと。自分の時間軸で、自分の価値基準で、自分の成長を促し、自分が豊かになっていくことに喜びを見いだして初めて、強さが自分のものとなる。

一流アスリートたちを見て、「なんかいいなぁ」と感じたのは、彼らがメダルやら勝負にこだわりながらも自分の可能性にかけているという、その純粋な気持ちに揺さぶられたのかもしれない、などと思ったりもする。

何かの対価を求めて頑張るのではなく、純粋に自分と向き合っている姿に、自分が置き去りにしてきた“大切なモノ”を見ているのかもしれない。

■自己効力感を高める4つの方法

 では、最後に、自己効力感を持つための方法について書いておくことにしよう。自己効力感は、 次の4つの方法をうまく組み合わせることで、誰もが高められる。

(1)制御体験
これはいわゆる成功体験で、何らかの困難にぶつかり、乗り越える努力をした結果、見事に成功することで「効力への信念」が強められる。具体的には、何らかの目標を設定し、その目標を達成した経験をすると、自分の持つ力を信じる力が高まる。

もっとも、目標はある程度苦労することが予想されるものでなければ効果がない。また、高すぎる目標設定も逆効果となる。最大限の努力をしてひたすら頑張っても、目標を達成できなければ、「何てダメなんだ」と自分を逆に信じられなくなってしまうのである。

(2)代理体験
これは他人の行動を観察することで、効力感を得る方法である。自分と似たような境遇にいる人が、粘り強く努力し成功しているのを見ると、「自分にもできそうだ」とプラス方向に感化される。

(3)社会的説得
他人から、「大丈夫だ。あなたならできる」と勇気づけられたり、「キミにはできる力がある」と評価されたりすることで、効力への信念が強まる。

(4)良好な生理的状態
体調が悪いと人間は「自分の遂行能力が低下している」と思い込んでしまう傾向があるため、心身ともに良好な状態にあると自覚することは大切となる。

要は、「自分と同じように頑張っている人たちと、互いに声を掛け合い、助け合い、心身ともに良好な状態であることを心がけ、決めた目標を達成した経験をすること」で、自己効力感は高められる。

ん? これってビジネスの世界でもできそうなことばかりじゃないですか?
でも、その突っ込みはまた今度にすることにしよう。

だって、せっかくのオリンピックウィークだし、暑い夏が終われば、スポーツの秋がやって来るし、スポーツの得意な人も、そうでない人も、少しばかり失いかけた「自分への自信」を取り戻す季節が巡ってくる。

何かと他人と比べること、他人を蹴落とすことばかりが横行する“組織”から飛び出し、真の強さを手に入れるために、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。
私も……、はい、何かやってみようと、とりあえず今は思っています。


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最近こういう記事、新聞その他でよく見るなぁ。
「自分を信じる、できる」を自己暗示で意識に刷り込むとか。

でも、こういう感覚、好きやなぁ。

「自分の心に『北京五輪では恐れなどなかったじゃないか』と語りかけた。自分の強さだけを信じればいい。そうすることで恐怖心が消えた」 by ウサイン・ボルト

ボルトが言うと超かっこいい。

五輪、おもしろいなぁ〜。