さんぽ

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まま あいたい・・・心の傷抱え

住宅街を抜けた小高い丘に、木々に囲まれた児童養護施設はあった。

夕日が差し込む食堂をのぞくと、小3のショウタ(9)が宿題の漢字ドリルと格闘していた。職員に「はよ、すませや」と促されると、ふてくされて手を止めた。

節分の日の夕食で、子どもたちは恵方巻きをほおばった。家庭の環境に近づけようと、職員は誕生日やクリスマスなどのイベントを大切にしている(2月3日、大阪府内の児童養護施設で)

「明日は学校休む。きょうバカにしたあいつら痛い目にあわしたる」。年齢にそぐわない鋭い口調。「何百回も痛いことされたから、痛さはよう知ってるんや」と言い、鉛筆をへし折った。

虐待などで保護された2〜17歳の子どもたちの約9割は施設で育つ。定員は施設ごとに違い、約20人から約150人が共同生活を送る。この施設は、大阪府内でも規模が大きく、2人に1人が虐待を受けた過去を持つ。

ショウタは、母親の再婚後、継父に虐待されるようになったという。何度も棒で殴られ、食事も一緒にさせてもらえなかった。

心に受けた傷は大きかった。6歳で施設に入った時は、誰ともほとんど口をきかず、職員に注意されると、カーテンの陰やカーペットの下に隠れ、声を押し殺して泣いた。

小2の頃から、ようやく思ったことを口に出せるようになった。両親とはこの3年間、会っていないが、最近は週末に実家で泊まるほかの子どもを見ると、「僕も家に帰りたいなあ」とつぶやく。

入所以来、担当する女性職員(31)は「時々、『死ね』『殺す』と物騒なことも言う。自分が浴びせられた言葉を再現しているのかもしれないが、自分の気持ちを表現できるのも一つの成長」と話した。



施設は、小学校低学年以下と小中高生が、別々の建物に分かれて暮らす。小学校低学年までは、午後6時から夕食を取り、就寝時間まで、ゲームをしたり、テレビを見たりして過ごす。

小2のユキナ(8)は、いつも世話を焼いている幼児がテレビの「ドラえもん」にくぎ付けになっている間に、机で花柄の便箋にペンを走らせた。

〈ままへ ままにあいたいです〉

職員がのぞき込もうとすると、「見んといて」と照れながら、便箋に覆いかぶさった。

最近、施設に入った。母子家庭で姉妹の次女。母親は夜になると子どもたちを放って遊び歩いた。ネグレクト(育児放棄)と判断され、児童相談所に保護されるのは3回目だ。

その夜、宿直室であった職員間の引き継ぎ。担当の女性職員は「ユキナさんがお母さんに初めて手紙を書きました」と報告した。母親を恋しがる文面に、職員は「切ないね」と声を落とした。家庭へ戻る子どももいるが、ユキナはまだ、見通しが立たない。



就寝時間の午後8時。幼稚園児のタクマ(5)が「トントンして」とねだった。「ライダーパーンチ」と飛びかかり、嫌がっても、何度も何度も蹴ってきた夕方とは打って変わって甘えてくる。添い寝をし、ゆっくり胸をさすると、クマのぬいぐるみを抱いたまま、寝息を立てた。

発達障害の疑いがあった。3歳の頃、2人暮らしだった母親が養育を放棄。その後預けられた里親になじめず入所した。今は母親の連絡先すらわからない。

全国の施設では発達障害知的障害の子どもが増え、2008年は23%と、10年前の2倍になった。だが、職員の体制は十分ではない。この施設では、職員1人あたり、日中は7人、午後10時以降の宿直では28人の子どもたちを世話している。

大学卒業以来、施設に勤めてきた施設長の男性(48)は言う。「虐待を受けた子どもたちは不信感が強く、育てにくさを感じることもある。でも、ここは行き場をなくした子どもたちの大切な居場所なんです」(文中仮名、敬称略)



児童養護施設 親の虐待や精神疾患などが理由で保護された子どもの養育施設。社会福祉法人などが公費で運営し、全国585か所に約3万人が暮らす。全国の児童相談所が対応した虐待件数は年々増加し、昨年度は過去最高の5万5000件に達した。これに伴い、虐待が理由で施設へ入所した児童は、10年間で倍増している。

(2012年3月1日 読売新聞)

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切ない。たまらん。やりきれん…。