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ラミレスに学ぶ、“左遷”をバネにする方法

東洋経済オンライン 4月16日(火)
外国人として史上初の2000本安打を達成したラミレス。その明るい人柄でファンからも愛されている

 ビジネスマンにとって、人事異動はキャリアの行方を左右する転機になる。

 希望どおりの部署に配属された者なら、新天地に高いモチベーションで臨むことはたやすいはずだ。しかし、左遷的な意味合いの配置転換をされた場合、やる気をなくし、新たな同僚を下に見てしまうこともあるだろう。

 そういったわなにはまらないためには、どうすればいいのか。その心構えを教えてくれるのが、2013年4月6日、日本球界で外国人選手として史上初めての通算2000本安打を達成したアレックス・ラミレス(DeNA)だ。

 「日本でおカネをもらって、1年でアメリカに戻ろう」

 ベネズエラ出身のラミレスは2001年、短期間の“出稼ぎ”でヤクルトに移籍した。

 ほとんどの外国人選手にとって、日本球界への移籍に“左遷”の側面があることは否めない。野球業界のグローバル市場において、トップは報酬、実力ともにアメリカのメジャーリーグだ。今年で来日4年目になるマット・マートン(阪神)の言葉を借りれば、日本のレベルは“4A”。マイナーリーグで最上位の3Aよりは上に位置するものの、メジャーには及ばないという意味だ。ラミレス自身、「メジャーリーグは、世界一。だから、日本に来ることは、マイナー落ちみたいなものだと思っていたんだ」と自著『ラミ流』で明かしている。

■ 日本野球にすぐさま適応

 メジャーリーグで控えメンバークラスの実力だったラミレスは、来日前、「外国人としてホームランを打つことを期待されていて、それがいちばん重要だと思っていた」という。しかし、ボールになる変化球を振らせようとする日本の配球に戸惑い、外角のスライダーに空振りを繰り返すと、すぐに考えを改めた。

 「ここは母国ではない。アメリカの野球を教えに来たのではなく、日本の野球を勉強しに来たんだ」(『Sponichi Annex』より)。

 来日当初はレフト方向に引っ張る打球が多かったものの、徐々にセンター、ライトにも快音が響くようになった。その理由について、ラミレスは2000本安打を達成した後の会見でこう話している。

 「日本に来たとき、若松(勉)監督から『素晴らしいパワーがあるのだから、引っ張ってばかりでなく、逆方向へ飛ばしたらいい』と言われた言葉を覚えている」

 ラミレスは何とか自身を異国の環境に溶け込ませようとする首脳陣や同僚のアドバイス、心遣いを意気に感じ、彼らの声に耳を傾けた。そうして自身の打撃をバージョンアップさせていく。

 「日本に長くいるにつれて、打率、打点、ホームランとバランスよく成績を残していくには、すべての方向に打ち分けることが必要だと思った。そうやって取り組む一方、『自分はホームランを打てるんだ』とも信じている」

 一般的に高い打率を残すためには、左右に打ち分けるのが打撃の基本とされる。だが、求められる技術が高く、誰にでもできることではない。

 ラミレスが広角に打つことを可能にしたのは、技術と、筋道を立てて考える力があったからだ。筆者が『Baseball Times』で行ったインタビューで、ラミレスはこう答えている。

 「右に打とうとする打者は、どうしても右を狙って打とうとしてしまう。でも右を狙って打つのではなく、ボールをしっかり引き付けてたたくことで、結果的に右方向への打球になる。右に打とうとして打つと、ファウルボールになってしまう確率が高い」

 「右に打とう」と考えるだけでは、まだ漠然とした意識を持っているにすぎない。もっと細部まで突き詰め、自分の狙いを徹底することが重要になる。プロセスを明確にすることで、狙った結果にたどり着くのだ。

■ 捕手のリードを徹底研究

 ラミレスが続ける。

 「ボールをどこで打つかが重要だ。内角のボールでも内側からたたけば、右方向に打球を打てる。左方向に引っ張ろうとしたら、体の前の方で捕らえないといけない。右方向に打つ場合、しっかりボールを引き付けて、内側からボールをたたく意識が重要だと思う。打席によって、どこに打とうかと意識することも重要だ」

 来日から数カ月、ラミレスは凡退を繰り返した。自分はなぜ、打てないのか。そう考えているうちに、日米の違いに気づいた。

 アメリカでは、バッテリー間で配球の主導権を握っているのは投手とされる。投手は捕手のサインが気に入らなければ、簡単に首を横に振る。だが、日本では捕手がサインを送り、投手がそのとおりに投げるのが一般的だ。ラミレスはその事実に気づき、思考と行動を変えた。相手投手の攻め方ではなく、捕手のリードを研究し、狙い球を絞ることにしたのだ。

 ラミレスのそんな思考法や駆け引きについて、西武で清原和博中島裕之などを育てた土井正博元打撃コーチがおもしろい表現をしていた。

 「ラミレスは相手ピッチャーに、自分が打ちたいところに投げさせている」

 この話をラミレスに伝えると、彼は“種明かし”をしてくれた。

 「相手ピッチャーが自分の苦手なところではなく、得意のコースに投げてくるようにボールを待つこともある。たとえば無死2塁なら、普通のバッターなら右方向を狙う。逆方向に打ったほうが、3塁にランナーを進める可能性が高いからね。ただ、自分は外角の球を狙って打つのではなく、内角の球を待つ。なぜなら、相手は外角に投げづらいからだ。外角の球なら、右方向に簡単に打ててしまうからね。だから、あえてインサイドの球を待つ。それとよく使う手は、初球を見逃すことだ。初球にカーブが来たら、次はおそらく違う球種がくる。日本のピッチャーは、同じ球種を連続で投げるのはあまり好きではないからね」

 つまり、冷静に状況を把握し、相手の心理を見極めるということだ。敵の狙いを読み切ったうえで、思い切り自分のバッティングをする。それが土井コーチの表現を借りると、「自分の打ちたいところに投げさせている」となるのだ。

■ 試合後も、家でバッティングを確認

 ラミレスが優れるのは、相手との駆け引きばかりではない。日々の準備を抜かりなく行い、万全の状態で試合に臨んでいるからこそ、来日から12年連続で好成績を残せている。

 どんなに疲れていようと、ラミレスは日々のルーティンワークを怠らない。試合後は家に帰り、録画した映像で自身の打席でのスタンス、ホームベースとの距離、体のバランス、腕の位置、スイングの角度、ボールを芯で捕らえられているかを確認する。翌日の試合前までに相手バッテリーの配球を頭に入れ、球場に着けばウエイト・トレーニング、ランニング、キャッチボール、バッティングといつも同じように準備する。そうしたルーティンワークで準備しているからこそ、つねに結果を残すことができるのだ。

 ラミレスは自著でこう語っている。

 「打席に入っても自分の考えがまとまらず、迷っていたり、何か雑念があったりすると、集中するのは難しい。だから、十分な準備が必要なんだ。自分は相手の先を読んでいる、この状況だったら何を投げてくるかわかっているぞ、というぐらいの余裕を持って打席に立てれば、自然と集中できるはず。これも野球に限らず、ビジネスや学校のテストでも同じだと思う」

 試合前のスタジアムで、ラミレスが若手を指導している姿をよく目にする。自身がコーチから重要な教えを学んだからこそ、ラミレスはそれを若手に伝承しようとしているのだ。

 「俺は若手に教えようと思っているわけではない。すごく潜在能力があっても、今の練習方法だったら伸びないと思った場合、『違うやり方をすれば、もっと伸びるんじゃない? 』とアドバイスを送ることはある。どれだけ優れた潜在能力を持っていて、どれだけすばらしい選手になれるかを信じさせてあげるのが重要だと思う」

■ いちばん重要なのは、相手に敬意を表すること

 来日当初は家と自動車のローンを返すため、1年だけ日本で稼ぐつもりだったものの、将来的に日本人に帰化し、日本球界で監督を務めたいと思うまでになった。ラミレスがそう変わったのは、いつまでもこんな気持ちを持ち続けているからだろう。

 「自分はコーチに、どうやって相手に敬意を表するか、相手を尊敬する気持ちを持つことがいかに重要なのかを教わってきた。相手に敬意を表することは、人生で成功していくためにいちばん重要な気持ちだと思う。そこをしっかり勉強したことがいちばん大きかった」

 異動させられた当初は“左遷”と感じても、後々に振り返ってみると、それが大きな転機になっていることもあるだろう。モチベーションを高く持つために大切なのは、ルーティンワークとして自分のやるべきことを貫き、周囲の仲間に敬意を払うことだ。

 ラミレスの成功体験が、そう教えている。

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アレックス・ラミレス
「組織の文化を丸ごと受け入れて、その組織にフィットするように自分を変えることが重要です。どんな職業の人にも言えることではないかと思います」

「「何でこんなことをやらなきゃいけないんだ」と思ったことはたくさんあります。たとえば、日本のような猛練習はアメリカではあり得ません。最初のキャンプのときは驚きました。初日から200球も投げこむピッチャーもいれば、練習後に居残りで1000球も打込む選手もいる。僕もイヤというほど走らされました。正直、「生きて帰れるんだろうか……」と思いました(笑)。でも、日本で生き残るためには、すべてを受け入れるしかない。何かあるたびにイライラしたり、混乱していたら試合に集中できなくなってしまうと思ったのです」