35歳で「初めて就職する」ことの困難さを、改めて考えてみた Business Media 誠
サカタカツミ「就活・転職のフシギ発見!」:
「さあ綾乃さん、撮影してください」先日、編集長の吉岡綾乃さんとランチミーティングをしていたときのこと。美味そうな沖縄そばが運ばれてきたので撮影するように促すと「あれ、私、カメラ忘れてきたかも……」と言うのです。
いやいやあなた、このコラムの冒頭の写真を撮影するために集まっているのに(嘘です。本当はちゃんと議題がありました)カメラを忘れるなんて……と私がブツブツ文句を言っていると「食事のときに、いつもカメラを持っているわけじゃないですよ」と、綾乃さんにちょっとムッとされてしまいました。そう言いながらiPod touchで沖縄そばを撮影している綾乃さんの姿を見て「できて当たり前」という話を思い出していたのです。
●35歳女性、正社員経験ゼロの就職活動はとても難しい
先日、ある女性の就職相談に乗りました。その女性は35歳。芸術系の大学を卒業し、そのままその道に進みました。年に数回は人前で披露する機会を得るほどの腕前でしたが、残念ながら専業というわけにはいかず、ずっと時間的にも融通の利く仕事をしながら、一生懸命その道に打ち込んできたのだといいます。練習内容を聞くと確かに大変な努力。ただ、それだけ打ち込んできたとしても「ご飯が食べられるレベル」には達しなかったのです。ここらが潮時ということで別の道を歩もうと決心。そこで、就職活動を開始したというわけです。35歳、正社員としての勤務経験なし。パッと聞いただけでも就職が大変なことは想像がつきますよね。
本人も自覚していたのか、ビジネス系の資格をいくつか取得。対策は立てていたつもりでしたが、世間の風はとても冷たい。書類をたくさん出しても、ほとんどが門前払いですし、就職斡旋の会社にたくさん登録してみても、仕事はほとんど紹介されず。働いた経験がゼロというわけではなく、家でぼんやりして何も頑張ってこなかった、というわけでもない。その道を究めようと努力して、なおかつ、食べるために仕事もしていたのです。けれども、いざ就職しようと思い立った途端、いままでやってきたことが評価されない、ということになってしまったのです。
ここまで読んで「あれ、この構図って、ちょっと面白いかも」と気がついた人もいるかもしれません。そう、実は彼女の経歴は、20代の就活生ならまったく問題がないのです。「頑張ってきたことは何ですか?」という質問にも十分に答えられますし、頑張ってきたことを人前で披露する経験も積んできている。なおかつ、資格も用意して働くための準備も始めていることも伝えられます。さらに、正社員という仕事ではないけれど、勤務態度も良く真面目に働いてきました。これを学業面に置き換えれば、就活生としてはとても優秀な部類に入る女子学生の出来上がりです。しかし、彼女は35歳。転職市場での評価は限りなくゼロに近いという、残念な結果になるのです。
●ビジネス社会で、人々が「35歳」に求めるものの正体
こういう話を書くと「彼女は自分の好きなことをやってきた結果だろう、自業自得じゃないか」とか「そもそも一定の年齢に達しても職に就いていないこと自体がダメなのだ」という声が聞こえてきそうです。しかし、スポーツや芸術の分野で身を立てたいと考える人がいても不思議ではないですし、十分な努力もしています。人前に出て披露できるレベルには十分に達している点から見ても「趣味の延長線上」というわけではない。たまたま芽が出なかったことは、責められるべきではないでしょう。しかし、多くの人が違和感を持ってしまうのも事実です。
実際、冒頭の打ち合わせの最中に編集長の吉岡綾乃さんにこの話をしてみると「うーん、確かに35歳で未経験なら採用しませんよね」とのこと。その理由を尋ねると、未経験がダメというわけではないし、35歳という年齢がダメというわけでもない、35歳で経験がないことがダメだと言うのです。このコラムを書くにあたり、何人ものに同様の質問をぶつけてみましたが、みんな似たような回答でした。ごく一般的に考えると、35歳には35歳のビジネスパーソンとしての能力や経験を「求めて」企業は採用しますし、当然それなりの能力を持っていることを期待しています。それがないなら「採用しない」という選択になってしまうのです。
以前、ある職場で30歳未経験という男性が働いていました。彼も今回の35歳の彼女と同様、ある分野で身を立てようと努力していた人でした。結果的にかなわず、就職をしたわけですがとても苦労していました。周囲の人に話を聞くと、彼は30にもなってあれができない、これができないという話ばかり。なるほど、確かに30歳のビジネスパーソン、大学を卒業して即就職していれば八年目くらいの人ならばある程度の経験も積んでいますし、もしかしたら部下の一人くらいいてもおかしくない年齢です。そんな人が年相応どころか若手ビジネスパーソンでもできそうなことができないと、周囲はいらだってしまうのです。ただ、勘違いしてはならないのが、彼は30歳ではあるけれど、社会人としては一年生。できないことがあっても当然、ともいえるのです。
●65歳定年制、現実味を持ってとらえられない
企業がある程度の年齢に達しているけれども、未就業や、正社員としての経歴がない人を採用することに躊躇する理由は他にもたくさんあります。例えば年上の部下を抱える上司のやりにくさを理由に掲げる人も多いでしょうし、どうせなにもできないなら、若い人を採用して企業内の人口ピラミッドを崩したくないとも考えるでしょう。もしくは、この程度の年齢の人にはこのあたりの給料をという風な、違和感のない給与テーブルを作っておきたいことを理由に挙げる人もいるかもしれません。
とにかく「卒業したら就職して、ビジネスパーソンとしての経験を積む、という道を歩んでいないと、後でとてもしんどい思いをする」という事実があるのです。たとえある分野に一生懸命打ち込んだとしても、です。リスタートがしにくいといっても良いかもしれません。
この話の流れで、周囲にある提案をしてみました。35歳の未経験者が定年の65歳まで働くとしたら残り30年間あります。大学を卒業して35歳まで働いている人は、13年目に入るところだとしたら、定年までの時間の方が長いし、十分に戦力化することができるはずだと。他の分野で努力した経験があれば、一人前になるまでの時間はもっと短くて済むかもしれない。としたら、その13年の差は最終的には埋められるかもしれないと。しかし、多くの人は「うーん、どうだろう。頭では理解できるのですが、なにか気持ち悪い」という意見が大半でした。同時に「そもそも今の会社で定年まで働く、というイメージが自分自身にもないので、35歳の人にも残り30年あるといわれても、ピンと来ないのです」という話もありました。
今回のコラムは別にこれだという正解がある話ではありません。ただ、別のことに打ち込んでいた人が新しい道を歩みたいと思ったときに、道がどこにもありませんでしたというのは、少し残念であると同時に、もっと若い人たち、例えば子供たちに「やりたいことに一生懸命になりなさい」と、励ましてあげるのが世の中でもあるなと思った次第です。大きな意味での転職市場が、リスタートを切りたい、と思ったらいつでもそれが可能になっている、というくらい柔軟な構造になっていると、少子高齢化社会の日本では、もっと救われる人が増えるかもしれない、とも考えています。そして同時に「気持ち悪い原因は他にある」ことも承知していますが、それはまた、稿を改めて。
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大勢が気持ち悪いと思うから、だろうな。一つに打ち込み、道を変える事は決して悪いわけではない。むしろ打ちこめた事は素晴らしい事だ。得たものも相当だろう、打ち込めなかった人に比べれば。
でもその打ち込めなかった人は打ち込めた人を異質なものと感じるからではなかろうか、打ち込みたくでも打ち込めなかった後悔と嫉妬も込めて。