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生まれる前から見守る

今月初め、大阪府豊中市豊中病院4階の会議室。小児科、産婦人科、精神科、脳神経外科放射線科の医師や看護師ら計12人が、助産師の報告に神経を集中していた。

豊中病院で開かれた委員会。「病院全体で親子を支えよう」と、松岡部長(左)らは報告に耳を傾ける。

「低体重で障害がある男児の母親が、強い育児不安を訴えています」

会議を仕切る松岡太郎・小児科部長(51)は、手元の資料に目をやった。助産師が書き込んだ男児の状態や出産前後の母親の様子から育児支援が必要と判断し、すかさず指示した。

保健師に連絡して。一緒にフォローしていこう」

会議は、虐待の兆候を見逃さないよう、院内全体で情報を共有するための「小児虐待対策委員会」。この日は、直近1か月に生まれた約10人の状態について議論を重ねた。この男児は地域ぐるみで見守ることを申し合わせた。

毎月開く会議で取り上げるのは、妊婦健診を受けず出産直前に病院へ駆け込む「飛び込み出産」のほか、未婚や経済的困窮などの「望まない妊娠」、未熟児など、育児に不安を抱えそうなケース。数か月後、あるいは数年後、子供がどの診療科を受診しても、積極的にかかわって孤立を防ぎ、自治体と連携して支援できるようにするためだ。

松岡部長がこの仕組みを作ったのには理由がある。



2003年12月、この病院で生まれた近くの女児(当時6歳)が、母親の暴行で死亡した。

松岡部長はその2年前、親に太ももの骨を折られた乳児を診てから、子供を診察するたび、虐待の予兆をキャッチすることに神経をとがらせてきただけにショックを受けた。「何か手がかりはなかったか」。カルテの束から女児の記録を洗い出した。

〈双子で、(女児の体重は)1800グラム〉〈双子の弟は脳性マヒで障害が残る〉

カルテからは、母親は虐待のリスクが高く、子育てに悩んでいたことが見て取れた。記載は3歳で途絶えた。

「出産直後に支援の必要性に気付いていれば、女児を救えたかもしれない。もうこの病院から悲劇は繰り返さない」。松岡部長は、病院幹部と掛け合い、翌年、委員会を発足させた。その後、約7000人が産声を上げたが、虐待はゼロだ。

「妊産婦は必ず病院と接点を持つ。出産前後から関わり、孤立してしまう前にどれだけ手を打てるか。医療機関の役割は重い」。松岡部長は、同様の取り組みが、他の病院にさらに広がることを願う。



こんなデータがある。▽予定外の妊娠 54%▽未婚 69%▽経済的理由 30%――。大阪産婦人科医会が昨年、死産するなどリスクが高い未受診妊婦計148件の実態を調査した分析結果だ。

背景にある事情は、虐待死に多いと指摘される項目と重なる。担当した府立母子保健総合医療センター(和泉市)の光田信明・産科主任部長(55)は結果に、高リスク出産妊婦を取り巻く状況が、虐待につながる可能性が高いことを確信した。

光田部長は言う。「虐待を防ぐには妊娠期から関わることが必要だ。産科医と、自治体や児童相談所など虐待に対応する他機関との連携を取っていかなければならない」

妊産婦にどれだけ寄り添えるかが、虐待の芽を摘むカギになっている。

■妊産婦の相談体制■ 児童虐待による死者のうち、75%が0〜3歳に集中している(厚生労働省調べ)。これを受け、厚労省は7月、自治体に、妊産婦に対する相談体制の整備を通知した。大阪府は10月、思いがけない妊娠で悩む女性の相談窓口として「にんしんSOS」を開設。電話(0725・51・7778)やホームページ(http://www.ninshinsos.com/)からのメールで相談を受け付けている。

(2011年11月5日 読売新聞)


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