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急増する「現場」手探りの市町村

情報共有 経験不足カバー

まるで母親と対決しているようだった。

大阪府内のある市の女性職員(52)は2008年春、市内の小学校から「男児に複数のひどい傷がある」と連絡を受け、校長室で男児の母親と会った。児童虐待担当に異動して1か月弱。虐待が疑われる親との対面は初めてだった。

「たたかないと言うことを聞かへん」と母親は不服そうに説明した。〈虐待を繰り返さない方策を一緒に考えること〉。職員は直前の研修で学んだことを思い返しながら、「手を上げたらあかん」と強く注意した。

母親は「しつけやから」と反発。激しい言い合いの数十分後、母親は「忙しいから帰る」と席を立った。

「怒ってばかりで支援の糸口を見つけられなかった」。職員は自分を責めた。



児童虐待は児童福祉法の定めで、児童相談所(児相)が対応してきたが、件数の急増を受け、05年施行の改正法で、市町村も虐待対応や通報窓口を担うことになった。

政令市を除く府内の対応件数は10年度、児相の4820件に対し、41市町村は7675件と大きく上回った。だが、職員が長く経験を積める仕組みにはなっていない。

この市も10年度の対応件数は5年前の6倍に増えたが、担当者5人はいつ他の部署へ異動するかわからない。

女性職員は福祉を約10年担当して異動。数日の研修ですぐに「現場」と向き合った。

はじめは、虐待を食い止めたい一心で、「たたくな」としか言えなかった。親の訴えに耳を傾けないと動機が見えず、適切な支援もできないとわかったのは、相当の場数を踏んでからだ。

だが、今も不安は残る。「子供の命を守りたいから、親に嫌われてもこの仕事は続けたい。でも、どれだけ手を打てばいいのか手探りで、いつ事件になるかとびくびくしている」



虐待は児相と市町村だけでは防げない。関係機関が連携する“網”が必要だ。

改正法は、情報を共有するため、市町村が各機関と「要保護児童対策地域協議会」(要対協)を設置するよう促した。

府内の別の市は、3か月に1回、個別事例の現状を話し合う要対協の会議を開いている。以前、情報を受けていたのに虐待死を防げなかった反省からだ。

児相、市教委、保健所……。各機関の担当者計約20人が集まり、案件ごとに記録された台帳を元に、約250件の家庭状況を詳細に確認し支援方針を決める。2日間、朝から夕方まで会議室で缶詰めになり、白熱した議論を交わす。

先月の会議で、育児放棄(ネグレクト)が疑われる母子家庭の男児の身長が平均より低いことが議論になった。汚れた服で何日も登校し、ノートや体操服も持たされていない。「食事も与えられていないのではないか」とすぐに市教委の担当者が懸念を示し、小学校が給食の食べ方や学校生活を見守ることになった。

会議に出席した市の男性職員(32)は「多様な視点が重要だと勉強になった」という。

今年4月に異動して半年。悲劇を繰り返さないため何が必要か自問する。「経験不足は言い訳にならない。絶えず情報への感度を磨きたい」

<通報、相談から対応まで>児童虐待に関する通報や相談があると、市町村や児童相談所は、一時保護など緊急対応の必要性を検討。継続して支援するケースで、他の機関と連携すべきだと判断すれば、要保護児童対策地域協議会で取り上げ、構成する各機関と情報を共有しながら支援内容を決定し、親子に対応する。同協議会の事務局は市町村。厚生労働省によると、昨年4月時点で全国の市町村の95・6%に設置されている。

(2011年11月4日 読売新聞)

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