PRESIDENT Online スペシャル 掲載

■師弟間の「リスペクト」

テニスの錦織圭の躍進を見るとき、マイケル・チャンコーチの存在を抜きには語れない。両者の間に信頼関係があってこそ、コーチの指導は効果を発揮する。大事なことは「リスペクト」。錦織はチャンコーチを尊敬し、チャンコーチも錦織を尊重している。

この幸せな関係は、4年前の11月、東京で行われた東日本大震災支援を目的とした親善試合がきっかけに始まった。依頼を受け、チャン氏がコーチに就任したのは2013年12月だった。

チャンコーチが錦織に帯同するのは年間、20週間程度。技術指導は11年からダンテ・ボッティーニコーチがフルタイムで付いているから、チャンコーチは大事な大会を中心にとくにメンタル指導を担っている。チャンコーチの口ぐせが「Believe yourself(自分を信じろ)!」だそうだ。

現在43歳のチャンコーチは男子プロテニスの名選手だった。錦織(身長178cm)とほぼ同じ175cmという小柄なからだながら、豊富な運動量と正確なショットで活躍した。スマート(頭脳的)な選手で、メンタルが強いといわれていた。

17歳のときの1989年、赤土のクレーコート全仏オープンを制した。90年代の全米オープンで、現役のマイケル・チャンをたまたま取材したことがある。彼はコートチェンジの際、椅子に座ってラケットをにらみ、「I can do it(自分はできる)」と呪文のように小声で何度も呟いていた。その背中の妖気が忘れられない。

■二人がまだ「やり遂げていない」もの

チャンコーチはスパルタ指導だそうだ。「キミが勝ちたいと思わないなら、ぼくは何も教えないよ」と言い、錦織が嫌いだった反復練習をとことんやらせているそうだ。反復練習で基礎部分がしっかりできれば、あるいは課題だった体力がアップすれば、それが自信になる。そういうものだ。

準優勝に輝いた昨年の全米オープンの際、錦織が口にした「もう勝てない相手はいない」とのコトバは自信に満ちあふれていた。経験を積めば、「勝つ方法」も磨かれていく。ゲームの中での相手との駆け引き、力の出し方、抜き方、つまりは自分の力の最大の生かし方ということである。

結果、錦織は強くなった。タフになった。世界ランキングは今週、6位に後退したが、昨年より体力がつき、今年は大会をけがで欠場していない。安定感が増した。一段階、テニスのレベルが上がったとみていい。

25歳の錦織はこれまで、アスファルトの上に合成樹脂を張った「ハードコート」が得意だった。全豪オープン全米オープンはこれ、である。でも、今季は赤土の「クレーコート」でも力を発揮し、バルセロナ・オープンで優勝し、先のマドリード・オープンでも4強入りを果たした。

今月24日から始まる全仏オープンクレーコートである。チャンコーチが制したことのある思い出の同オープンで錦織が初の4大タイトル獲得を目指す。チャンコーチがかつてテレビでこう、言っていた。「僕らはまだ、やり遂げていない」と。