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「はったり」がないと世界では勝てない テレパシー・井口尊仁CEOと語る(上) 「Confidence makes things happen」

東洋経済オンライン2014年2月21日(金)08:00
 米グーグルと真っ向から勝負を挑む日本人がいる――。

 今回の対談相手は、テレパシーの井口尊仁CEO。今年1月にラスベガスで開かれた世界最大の家電見本市コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)でも、話題をさらい、「スマートフォンの次」と呼ばれるウエアラブル(身に付ける)端末。中でも、メガネ型ウエアラブル端末で米グーグルの「グーグル・グラス」に戦いを挑む起業家だ。

 テレパシーは2013年8月、米ファーストハンド・テクノロジー・バリュー・ファンドから500万ドル(約5億円)の資金を調達し、14年中にメガネ型ウエアラブル端末「テレパシー・ワン」の発売を予定している。テレパシー・ワンはすでに、「グーグル・グラスの対抗馬、現れる!」の海外メディアをにぎわしている。

 本連載のホスト伊佐山元氏は、頓智ドット時代から井口氏を知る、旧知の仲。今回は2人で「世界で戦う起業家に大事なこと」をテーマに語る。

■僕だって“躊躇”がないわけではない

伊佐山元(以下、伊佐山):井口さんとの出会いは2008年の冬、シリコンバレーベンチャーキャピタルDCMに勤務している時期です。井口さんは当時、自ら起ち上げた頓智ドットで、「セカイカメラ」という現実の背景に情報を重ねて表示する、AR(拡張現実)技術を用いたスマートフォン向けアプリに取り組んでいるときでした。その後、DCMは、頓知ドットに投資するのですが、井口さんはとにかくインパクトがありました(笑)。投資を決めるデューデリジェンスをした際に、失礼ですが経営者っぽくなく、哲学者みたいでした。

井口さんを拝見していて大事だと思うことは、頓智ドットが、今、新しい経営者で新たな挑戦に向かっている中、井口さん自身もウエアラブル(身に付ける)端末を作るテレパシーを起ち上げ、セカンドチャプターを始めている点です。

普通は、初めのプロジェクトをやめて、再挑戦する場合、同じテーマを避けるパターンが多い。「1回失敗したのに……」となるわけです。だけど、井口さんは、再びテレパシーを起ち上げ、スマートフォンに続く次世代端末として注目されるウエアラブル端末で、さらにハードルの高いことに取り組んでいる。米グーグルと対抗するなど、誰もができるわけがないと思っていることを、あえてやっているところがすごいと思いますね。

井口尊仁(以下、井口):僕は屈託がないというか、天真爛漫というか……。頓智ドットを応援してくれた伊佐山さんには、レピュテーション(評判)やビジネスの信頼関係の面で裏切っており、「迷惑をかけた」なんてものではすまないと思っています。ただ、伊佐山さんとはこうして現在もよくお会いしています。それは、最初に投資いただいた伊藤忠テクノロジーベンチャーズさんやジャフコさんも同様です。

「前回のプロジェクトの投資家に会うのに、躊躇がないのか」と聞かれると、ないわけではないんですよ。僕も人間なので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで、土下座したいくらいです。だけど、大志大望があるので、その躊躇を乗り越えちゃおうと思っています。テレパシーでもっとでかいことをやってやろうと本気で思っているので、「前回の失敗の学びも活かしているので、ぜひまたお願いします」という気持ちです。とはいえ、時々、ふと泣きそうになるんですけどね(笑)。

伊佐山:僕も、たまに自分がやろうとしていることをまじめに考えると、憂鬱になりますね。ふと、われに返ったときに、「とんでもないことをやろうとしているな」と。まじめに考えると寝られなくなるというのがあるじゃないですか。

井口:そうそうそう。本当に夜、寝られない。だから、昼寝ちゃう(笑)。悶々としちゃいますよね。週末とか変に時間があるときに、素に戻ったりしたら「ヤバい」ですよね。

■「象とありんこ」でも勝負を挑む理由

――現在はウエアラブル端末で、米グーグルに挑戦状をたたきつけています。井口さん自ら「象とありんこの競争」とおっしゃる中で、なぜ挑むのでしょうか。

井口:日本の常識的な考え方だと「すっ飛んでいる」と思われます。ただ、伊佐山さんならご理解いただけると思うのですが、新しいデバイスの場合、マーケットをつくることが重要です。おカネも人手も知恵も工夫もすごく必要になる。その点、メガネ型のウエアラブル端末は、米グーグルが800億円近くかけて、R&D(研究開発)以外のPRや法務、ロビーイングなども行い、法律的、社会的な問題を解決していってくれる。

僕らはその800億円に5億円を乗せているのです。わかります? このレバレッジたるや、とんでもないわけです。

井口:世界的なカンファレンスである、サウス・バイ・サウスウエスト(アメリカ)で2013年3月にテレパシー・ワンを発表したときには、ビジネスインサイトやCNN、シーネットといった主要な海外メディアが「グーグル・グラスのライバルがついにきた!」と報じてくれました。

デモ用のテレパシー・ワンへの数百万円の投資で、800億円を投資しているグーグルを相手に、勢力で言うと99.9対0.01にもかかわらず、“比較対象”になった。ダビデとゴリアテですよ。象とありんこは、ありんこにとって有利なのです。

たとえば、その後のシリコンバレーフォーラムというカンファレンスでも、「グーグル・グラスは、デザインはダサいし、機能はてんこ盛りで使いにくいし、クソだ! その点、テレパシー・ワンは、シンプルで使い勝手がいい」というスピーチをしたら、ドッカーン、バカウケです(笑)。

■アンチグーグルを味方にする戦略

伊佐山:井口さんがわかってやっているのは、すごい。グーグルを仮想敵にした瞬間に、比較対象になる。その時点で“勝ち”ですよね。

「グーグルを敵としている」「グーグルが敵とみなした」――こう言った瞬間にわかりやすいじゃないですか。テレパシーがグーグルの唯一の対抗馬だというブランディングができた時点で、マーケティング的には“大成功”です。井口さんが“かまして”勝ち取ったものは大きいですね(笑)。

世界中にグーグルファンがいる一方で、アンチグーグルもたくさんいる。グーグルをそこまでけなせる人は井口さんぐらいしかいないので、アンチグーグルの人たちを味方につけますよね。シリコンバレーフォーラムには、グーグル関係者も多く来ているので、彼らからしたら「ふざけるな」と思っているのでしょうが、ありんこが象と戦うには、それくらいの度胸がないと勝負になりません。

井口:ありがたいことに、今、シリコンバレーでウエアラブル端末の話をしたときに、必ずテレパシーの名前は出てきます。スタートアップ界隈はもちろんのこと、先日、シリコンバレーの有名なラーメン屋「俺ん家」で並んで待っていたら、前にいたまったく知らない人たちが「テレパシーってヤバいらしい」と話していた(笑)。さらに今、ニューヨークでも、「テレパシーのアプリを作りたい」というスタートアップも出てきています。

また、テレパシーがグーグルの敵になったことで、「技術」も向こうからやって来る。グーグルに採用されなかったデバイスメーカーやモジュールメーカーが行列をなして来ます。グーグルの敵は全部テレパシーの味方なんですよ。

■「はったり」がないと世界で勝てない

伊佐山:これは、井口さんがシリコンバレーに本拠地を置き、グローバル目線で「どうやってポジションをとっていくか」という発想だから、できる術です。日本のベンチャーは、日本人にはメディアでは取り上げられて知られていても、外国人から知られていない企業が多い。

ベンチャーに必要なのは、いかに“はったり”をかましながら、競合を圧倒していくか――。正統派でなく、トリッキーですが、合理的ではない部分が必要なのです。壮大なビジョンやプランで“はったり”をかまして、周囲が「かなわないな」という雰囲気をつくり、マスコミに取り上げてもらい、さらに加速させる。そしておカネを集めて、人を集めるというのが、ベンチャーのCEOの大きな仕事だったりします。アメリカ人と勝負するには、多少の図太さがないと勝てません。社内では謙虚でいいと思いますが、戦いの最前線では強い気持ちで、夢を語り、周りを変えていくくらいの誇大妄想が必要です。

世界に出て成功するためには、まず“注目”されて、認知されなければならない。厳しい競争下で、いかに認知されるか――。日本人からすると、目立ってて嫌な感じだなと思われるかもしれませんが、「しょうがない」。雑誌などのメディアに出て格好つけていると言われても、認知されないと勝負にすらならないので、やっている本人からしたら死活問題なのです。

井口:“はったり”がないと絶対に勝てないです。ベンチャー企業は、マーケットにポジションをつくること、ファイナンスをいいバリエーションで取りにいくこと、この2つがうまく回らないと、すばらしいメンバーを集められませんから。

シリコンバレーでは、極端な話、日本基準の倍、それ以上の金額を払わないと、いい人がこない。その一方で、「マーケットでオポチュニティのあるいいポジションをとっている」「それをレバレッジして、いいバリエーションで資金調達している」という裏付けがあれば、本当にすごい人が来たりする。グーグル・グラスをやっていた人やエックスボックスをやっていた人、ヤフーで何千万人が利用しているサービスを作った人が普通に来るんです。だから、“はったり”をかまさないとダメ。必要スキルですね。

伊佐山:日本の常識だと、モノが完成していないのにカンファレンスに出るなんて、不謹慎かもしれません。ただ、残念ながら、スタートアップは、きれいごとではおカネもヒトも集められない。自分の限界のボーダーラインまで“はったり”をかまさないとダメ。王道では、高い給料プラス、ストックオプションまで支払わなければならないと「いい人」は雇えない。それを克服するためにはひとつしか手段がなく、それは「今、参加すると、いいことありそう」という期待値を上げるしかないのです。

■「絶対に勝てっこない」くらいが“いいあんばい”

――グーグルとの競争、勝算は見えていますか?

井口:はなから勝算があったら面白くないじゃないですか。「井口さん勝つよね」と思われるより、「絶対、勝てっこない」くらいのほうが、挑戦者としてあんばいがいいですよ。

普通に考えたら、グーグルには勝てないでしょ。グーグル本社に行ったことがありますか? 広大な敷地にある30個近くのキャンパス(会社の建物)の中で、世界中の天才たちが死ぬ気で働いている。自動運転車、ドローン、コンタクトレンズといったロケットサイエンスを巨額なカネを使いながら開発している会社で、時価総額も36兆円を超えている。日本の一流企業を10社以上連れて行っても勝てない規模ですよ。だから、普通に勝てるとは思わないじゃないですか。絶対に無理、不可能。でも、それでいいんですよ。

伊佐山:それは大事ですよね。僕も10社を超える大企業から投資してもらいファンドをつくり、日本のベンチャーシーンを活性化させるという時点で、「大企業がベンチャーのことなんてやるわけがない」「調整に時間をとられるだけで何も起きないよ」という意見があがりました。これまでもやろうとした人は数多くいたし、今更なんで大変なことをやるんですか、とも聞かれるわけです。ただ僕も井口さんと同じで、それでいいかなと思っています。きっと、できたときに「オレも同じことを考えてたよ」と多くの人が言うと思うのですが、まだやりきった人がいない。ならば、挑戦しがいがある。「成功して当たり前」「成功が見えている」では面白くありませんよね。

井口:イーロン・マスクも、テスラモーターズを始めたとき、「誰もがまじめにやっていなかったから」と言っていました。電気自動車(EV)に取り組んでいる企業はあったものの、まじめに取り組んでおらず、GMやフォードなどのCEOは「うまくいきっこない」と断言していました。だから、イーロン・マスクはやったんだと思いますね。

米アップルのiPhoneも、発売された2007年には、インテルノキアのCEOが「誰が使うんだ」と。当時は多くのビジネスマンがブラックベリーを使っていて、世界ではノキアが席巻している時代。アンテナもキーボードもないiPhoneが売れるのか――と誰もが思っていたと思います。でも、今やiPhoneは全世界中で使われている。

僕のテレパシーも同様です。今年中に必ず発売を開始して、2015年以降、世界展開をしていきます。iPhone以降7年経過しましたが、今やスマートフォンがない世界は想像できない。僕らはウエアラブル端末の先駆けですが、ファーストタッチで面白いことをして驚かすことは、どうでもいいと思っています。僕らは世界的なプラットフォームをつくり、ウエアラブル端末でできる人間と人間のつながり、そしてお互いの助け合い、分かち合いを本気でやりたいと思っています。

「Confidence makes things happen」(自信がすべてを可能にする)
私は、多くの日本人が持つ謙虚さは大好きだ。一方、最近、台頭目覚ましい、新興国ベンチャー起業家は、時に辟易とするほどの自信家だ。これは同僚だったアメリカ人のベンチャーキャピタリストも同じ感想を持っている。
世界で戦う――その意味で、日本人は“根拠なき自信”も持った、“謙虚なメガロマニア(誇大妄想癖)”になることが、自分を変え、社会を変え、世界を変えることにつながると考えている。
シリコンバレー流 世界最先端の働き方』(伊佐山元、KADOKAWA中経出版)P50参照

井口 尊仁(いぐち たかひと) テレパシー最高経営責任者(CEO)
1963年岡山県生まれ。立命館大学文学部哲学科卒業。システムエンジニアなどを経て、96年ジャストシステム入社。マンガをデジタル化して発信する仕組みを開発。99年独立してデジタオを設立し、ブログやSNSなどのシステムを手掛ける。2008年「頓智ドット」を設立し、社長就任。拡張現実を実現するソフト「セカイカメラ」を発表して注目される。2013年「テレパシー」を創業し、CEOに就任。シリコンバレーに本拠地を置き、ウエアラブル端末「テレパシー・ワン」で世界規模の新しいコミュニケーション環境の実現を目指す。