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働き過ぎると仕事ができない人になる!?働くことと脳の意外な関係

ダイヤモンド・オンライン2013年12月11日(水)
 働き過ぎると頭が悪くなると言ったら、みなさんはびっくりするでしょうか。これ、半分は冗談ですが、半分は本気です。

 心理学者ユングの説にしたがって考えると、人間が持っている脳機能をフル活用していたのはむしろ、狩猟・採集時代ではないかと思うほど。農耕が始まり、産業革命によって近代化が進むにつれ、私たちは脳機能の一部しか使わなくなってきています。

 今回はまず、そうした「脳と働き方の関係性」から書くことにしましょう。

■現代人は狩猟・採集時代よりも脳機能が退化している?

 心理学者のユングによると、人間の脳にはもともと4つの機能が備わっているそうです。その4つとは思考(Thinking)、直感(Intuition)、感情(Feeling)、感覚(Sensing)。言われてみればなるほど、ですよね。私たちは常に、この4つの機能を時に応じて使い分けながら日常生活を送っています。

 考えてみたら、かつての狩猟・採集時代はこの4つの機能をフル回転させなければ、人間は食べものを調達することができませんでした。獲物を捕るにはまず、思考力を使って作戦を練らなくてはなりません。一人では決して狩りはできませんから、仲間を集める必要もあります。仲間と協力しながら狩りをするには、意思の疎通も必要です。言葉がなくても相手の表情から感情を読み取る能力は、ひょっとすると現代人よりも古代人の方が優れていたかもしれません。

 狩りの現場では、直感力がモノを言います。獲物の気配にピンと来るかどうかで、狩りの成功率も変わるからです。厳しい自然環境から身を守るには、風に含まれるわずかな湿気さえも敏感に察知しなくてはなりません。視覚・聴覚・触覚などの五感を研ぎすまさなければ生きて行くことさえも難しいのが、彼らの世界です。

 翻って、私たちの暮らしはどうでしょうか。日夜、生命の危険に晒されることはなく、狩りをしなくても食べものが手に入るようにはなりましたが、その分、本来持っていたはずの脳機能がだいぶ鈍っています。

 IT関連の職場では、論理的な思考力を使うウエイトが非常に高い一方で、感情機能を使う場面はそう多くありません。ものづくりの職人ならば、手や皮膚の感覚は非常に敏感でなくてはならないでしょうが、オフィスワーカーの多くはそうした感覚を使わなくても、済んでしまいます。

 こうして考えると、文明化に伴う職業の専門分化は、私たちがもともと持っていた脳機能をある部分では奪う方向に働いているのかもしれません。これは同時に、ジャングルでサバイバルするのとはまったく別のリスクが増大したことも意味しています。

 脳機能の一部しか使わない生活が長く続くと、どういうことが起こるでしょうか。たとえば、最近よく耳にする「キレやすい人」。これは、感受性豊かだからキレやすいのではありません。事実はまったくその逆で、ふだん、脳の感情機能をあまり使っていないがためにキレやすい。要するに、その部分の脳が十分に鍛えられていないため、ちょっとしたことで「カッ」となってキレやすくなるのです。

■仕事はできるが、リーダーになれない。そんな人は脳機能が偏っている?

 もう1つ、こんなケースを考えてみましょう。ふだん、思考能力ばかりを要求される職場でロジカルに考えることが得意な人がいたとします。その人がある日、突然、「チームリーダー」に抜擢されます。しかし、メンバーとの意思疎通がうまくいかず、チームは分裂してしまう。そんなことって、ありませんか?

 じつは、これ、私に言わせると、ふだん使っている脳機能の偏りに原因があります。リーダーとしてチームを動かすには、メンバーの力を把握して、それぞれの性格や感情を汲み取りながらコトを進めていかなくてはなりません。話し方やふとした時の表情、そういったちょっとしたヒントから、相手の考えや感情を汲み取る能力が必要なのです。

「仕事はできるんだけど、リーダーとしてはちょっと問題あるよね……」と言われてしまう人は、思考力は高くとも、そのほかの感情や感覚、直感の機能が弱いタイプが多い。優れたリーダーというのはたいてい、4つある脳機能を必要に応じてバランス良く使うことができる人です。

 同様に、優れた営業パーソーンは、お客さんとひとこと挨拶を交わしただけで「今日は機嫌が良さそうだ」と感じ取ることができるでしょうし、「この人は商品を買ってくれそうか」など、ある程度の予想を立てながら話を進めていくことができます。しかし、ふだん思考脳ばかり使っている人がいきなり営業の現場に出たら、おそらくこうはいきません。ちなみに、ホスピタリティービジネスなどの顧客接点で感情機能を主として使って働く人を「肉体労働者」や「頭脳労働者」とは別に、「感情労働者」と呼ぶこともあります。

現代社会における最大のリスクとはこのように、専門分化した職業の偏りがそのまま脳機能の偏りに反映されてしまうことかもしれません。脳機能の偏りは環境変化に対する適応力を弱め、その人のキャリアの幅を縮めることになります。先行き不透明な変化の激しい時代、脳機能の偏りによってキャリアの幅を縮めてしまうことは、ビジネスパーソンにとって最大のリスクです。

 たとえば、ほんのちょっと職場が変わっただけで、大きなストレスを感じる。あるいは、同じ会社なのに部署が変わっただけで一向に話が通じなくなる。こんな経験はないでしょうか。現代社会はこのように、脳機能の偏りとともに極めて意思疎通の難しい時代だとも言えます。

■「家族が大事」でも「家族と話す時間」は短い。専業主婦の妻を持つ夫

 話が通じにくいのは、何も職場内だけのことではありません。じつは、家庭内でも同じこと。高度経済成長期以降、日本では男女の役割分担があまりにもくっきりと分かれてしまい、たとえ夫婦であっても、会話が通じないことはよくあります。

 たとえば、名古屋大学大学院の金井篤子教授による、こんな調査があります。金井教授はまず、回答者を専業主婦の妻を持つ夫、共働きの夫、共働きの妻の3グループに分けました。そして、それぞれに「あなたは家族を大事にしていますか?」という質問をぶつけたところ、「家族を大事にしている」と答えた割合が最も高かったのも、毎日、家族と話す時間が最も短かかったのも、専業主婦の妻を持つ夫のグループだったというのです。

 家族が大事だと言いながら、その大事な家族と話す時間は非常に短い。この矛盾は、いったい、どこから生じてくるのでしょうか?

 これには理由があります。日本のサラリーマンはもちろん、これまで決して家族を大事にしてこなかった訳ではありません。大事だと思うからこそ、家族を経済的に支えていくことに邁進してきた。

 会社に命じられるまま、長時間の残業も厭わず、どこへでも転勤し、単身赴任も辞さずに働いてきたのも、すべては家族を養うため。このこと自体は、なにも責められることではないのかもしれません。ただし、今後も相変わらずこうした働き方を続けていこうとすることは、自分自身のキャリア形成のみならず、家庭や地域社会、さらには企業の将来にとってもむしろマイナスにしかならない、ということは認識しておく必要があります。

 海外赴任を経験した人がよく言うのですが、父親がコミュニティ活動にあまり参加しないのは先進国では日本くらいです。自営業や商店街の店主は地域の会合やPTAに参加しても、サラリーマンはほとんど参加しない。海外であれば、企業人として成功した人がNGONPOのボードメンバーとして活躍し、過去の体験をビジネス以外の分野で活かそうとすることも珍しくはありません。企業のトップが地元交響楽団の理事になる、ということも多い。

 しかし、日本の企業人はいつまでも相談役などにとどまって、会社にしがみつきます。その結果、会社の中で学んだことがちっとも社会に還元されず、コミュニティの衰退が進んでいく。企業活動を根底で支えているのは社会資本の厚さですから、これは長い目で見て、企業にとっても決していいことではありません。

■第二子を産むことを躊躇する妻は「夫がわかってくれないこと」を不満に思っている

 日本では、有給休暇の取得率も極めて低い。年によって多少の変動はありますが、日本における有給休暇の取得率は45%を行ったり来たり。ヨーロッパの国々ではだいたい70%か80%が普通ですから、主要国、つまりデータがはっきりと取れる国の中で、日本は最低水準だと言って良いでしょう。

 もう1つ、よく指摘されるのが女性管理職や女性役員比率の低さです。アメリカのコンサルティング会社が2013年1月、世界45ヵ国を対象に実施した調査では、企業の取締役会に占める女性役員の比率に関して日本(1.1%)はモロッコ(0.0%)に次いで低い、という結果が出ています。モロッコの調査対象企業がたった2社だけだったことを鑑みれば、日本の女性役員比率は実質、世界で最低。女性役員の比率が日本と並んで低いのは韓国ですが、この2つの国は世界的に見ても極めて特殊な国だ、と言わざるを得ません。

 男女の役割分業があまりにも極端に進んだ結果、夫婦間の協力関係も結びにくくなってしまいました。社会学者として日本の少子高齢化を研究しているシカゴ大学の山口一男教授は、日本人女性の場合、第一子の出産・育児の際、夫が精神的に支えてくれなかったことがトラウマとなり、第二子を産むことを躊躇するケースが多い、と指摘しています。

 家事・育児の分担と言うと、「夫がどれだけの時間を家事や育児に費やしてくれたか」にばかり注目がいき、その分担率が話題になります。しかし、重要なのは時間の長さではありません。

 もう7年前になるでしょうか、雑誌『プレジデントファミリー』が創刊された時、日本の1万組2万人を対象にした大掛かりなアンケート調査が実施されたことがありました。私も少しだけそのデータの分析をお手伝いしましたので、とても印象に残っています。

 調査では、様々な項目に関して夫と妻、それぞれの満足度を調べていますが、家事分担に関する回答を見ると、非常に興味深い結果が出ています。夫の家事分担率が100%だと妻の満足度は高く、0%だと妻の怒りが爆発する。ここまではある意味、とても納得がいきます。不思議だったのは、夫の家事分担率が10%から90%までの間に関しては、妻の満足度にほとんど変化が見られないことでした。

 要するに、妻が問題にしているのは、夫がどれだけ家事や育児を分担してくれたかという「時間の長さ」や「負担の大きさ」ではない、ということです。不満の主な原因はむしろ、「夫がなかなか自分の気持ちをわかってくれないこと」の方にある。じつは、夫婦関係の満足度と最も相関が高かったのは、「1週間のうち何分話したか」という会話の長さでした。

■「ワークライフバランス」とは仕事とプライベートが半々、ではない

 いかに家族や家庭が大事だと言っても、人生の一時期、「これ以上は無理だ」と思うくらい、がむしゃらに働くことがあってもいいでしょう。私にも、そういう時期はありました。

 29歳でマッキンゼーに中途入社した頃のこと。毎晩、帰宅は深夜過ぎ、翌日は早朝から出社するという日々でした。おそらく、月400時間くらいは普通に働いていたと思います。今振り返っても、あれは自分自身のキャリア形成においてとても重要な時期だったとは思っています。しかしながら、そういう生活は一生続くものではありません。

 私はよく、講演などで「マッキンゼーを結婚退社しました」と話します。結婚を機に、上司に「半年間、休ませてください」と言いましたが、「それは無理だ」と言われ、次の仕事もまだ決まっていませんでしたが、思いきって辞めることにしました。

「なぜ、辞めるのか?」と聞かれた時、冗談半分でこう言いました。「ですから、みなさんのような家庭になりたくないんです!」と。よくよく周囲を見渡したら、家庭が破綻している人がけっこういたのです。

 会社を辞めた後は妻と2人、3ヵ月間かけて海外をバックパック旅行しました。旅先で「仕事は何をしているの?」と聞かれて「無職」と答えると、向こうが驚いた顔をする。それまでに味わったことのない、妙な解放感がありました。

 あの時、私は社会人になって初めて「本当は何に興味を持っていたのだろうか」とじっくり考える時間を持ちました。そして、これからは人事を中心とした経営コンサルタントとして生きていこう、と人生の方向性を定めることができたのです。

 それと、これはしばしば誤解されますが「ワークライフバランス」とは決して、仕事に費やす時間とプライベートに費やす時間を半々にしましょう、という意味ではありません。人生の中で思いきり仕事にのめり込む時期があってもいいし、仕事以外のことに熱中する時間があってもいい。大事なのはその割合ではなく、先ほど言った4つの脳機能を意識して生活することの方だと思います。

「最近、感情脳を使っていないな」とか「五感がどうも鈍ってきたな」と感じたら、思いきってオフィスを出て、仕事以外のことをしてみる。4つの脳機能をバランス良く使いながら、それを統合させていく生き方・働き方を、私は「ワークライフインテグレーション」と呼んでいます。

 最初に書いたように、人間の脳にはそもそも多様な機能が備わっています。それを使わないまま人生を送るのは、とても損なこと。それに、現代社会ではとてもリスクの高いことだということを、おぼえておいてください。