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選択と集中は「まともなこと」をしてから

 

西口 泰夫氏 ソシオネクスト 代表取締役会長兼CEO

日経BP半導体リサーチ
 
にしぐち・やすお
1943年生まれ。1975年に京都セラミック(現京セラ)入社。1999年に代表取締役社長、2005年に代表取締役会長兼CEOに就任。2009年に同志社大学大学院 総合政策科学研究科博士課程を修了し博士号(技術経営)を取得。2008年3月~2013年6月には富士通マイクロエレクトロニクス(現・富士通セミコンダクター)の非常勤取締役を務めた。(撮影:栗原 克己、以下同)

 富士通セミコンダクターパナソニックのシステムLSI事業を統合し、日本政策投資銀行も出資して2015年3月に事業を開始した「ソシオネクスト」。システムLSIとそれを中心とするソリューションの設計開発を手掛けるファブレス半導体メーカーだ。画像処理や光ネットワークなどの技術を核に「富士通パナソニックが培ってきた技術力や知的財産、顧客基盤などの経営資源を集結する」(ソシオネクスト)という。代表取締役会長兼CEOとして同社の舵取りを担うのは、京セラ社長などを務めてきた著名経営者、西口泰夫氏である。

 日本において、システムLSIメーカーの成功例はなきに等しい。米Qualcomm社や台湾MediaTek社などの海外勢に比肩するファブレス企業も存在しない。前途多難が予想される新会社を、どのように成功に導くか。同氏に聞いた。

――大型再編が相次ぐなど、半導体業界の競争環境は厳しさを増しています。どのような戦略で勝ち残っていくのか、そのシナリオを教えてください。

 まだ外に対して戦略を語る段階にはないと思います。もちろん、それなりに戦略は立てていますが、現時点ではそれは「仮説」に過ぎません。

 ご存じのように、日本のシステムLSIメーカーは我々の母体である富士通セミコンダクターパナソニックに限らず、先が見通せない状態にあります。ああすればいい、こうすればいい、などと言えれば楽ですが、そんな状況にはないわけです。

 今後、何が本当に戦略と呼ぶに値するかを固め、そこにリソースを投じていく。現状はまだその前段階です。

――日本のシステムLSIメーカーが共通に抱えている課題とは、何でしょう。

 それははっきりしています。例えば我々の場合、母体2社の生い立ちは似ているんです。自社のセット(機器)に独自性を与えるために、半導体、とりわけ心臓部品であるシステムLSIを社内に持たなければいけない。その発想から始まっています。一方は主に自社のテレビ向け、もう一方は自社のコンピューター機器向けの部門だったわけです。他社の場合も経緯は似ています。

 ところが、肝心のセット部門がだんだん弱体化してしまった。結果としてシステムLSI部門も衰退し、ある意味で業界の縮図のような存在になってしまったわけです。もしセット部門が成長を続けていれば、そこに決められた仕様の半導体をタイムリーに提供しさえすれば、余裕をもって生き残れたはず。社内のセット部門にしか目を向けていなかったのですから、衰退を共にしたのは当然の成り行きです。

――これからは、外に目を向けていかざるを得ないわけですね。

 そこでまずは、マーケットに近いところに事業の拠点を置くことにしました。中心となる8つの事業拠点のうち、事業開始時点から2つを海外に置きました。一つはサーバー機やルーターに向けるハイパフォーマンスASICの事業拠点で、米国サンノゼに作りました。もう一つは光ネットワーク向けSoC(system on a chip)の事業拠点で、こちらは英国に置きました。 グローバルな視点に立ち、本当にビジネスとして何を追い求めていくべきかを見つめ直さなければなりません。それを追い求める力がすなわちマーケティング力ですが、はっきり言って今の我々にはそれがないに等しい。なにしろこれまでは、マーケティング力が必要なかったのです。この力を付けていかない限り、いくら戦略を立てても内輪の論理で終わるでしょう。

 今後、マーケティングの中心はもはや日本ではありません。日本に拠点を置くことにこだわる方がむしろおかしいでしょう。これまでは“胎内”にとどまっていたけれども、グローバルに市場を求めていかざるを得なくなった。ようやくそれを実行に移し始めた段階です。「ビジネスの中心地で仕事をしよう」。この考え方を明確に打ち出すことで、社員にも「トップも本気だな」と感じてほしかった。

――具体的には、どのような製品で勝負しますか。選択と集中も必要になりそうです。

 取捨選択の前に、もう少し試してみないと分からないと思っています。社内でもよく“選択と集中”という言葉が出るのですが、「まともなことをやりもしないで、どう選択し集中したらいいかなんて分からないじゃないか」って私は強く言っているんです。

 例えば、テレビ向けのシステムLSI。日本ではテレビ産業はほとんど消えかかっていますが、そうでない地域もあります。例えば、日本のテレビメーカーが台湾ODMに設計段階から任せようとする動きが盛んで、ここには商機がある。今度の「COMPUTEX Taipei」で、そこに向けたソリューションとして提案できる製品を発表します。

 どこが強くてどこが弱いのか、もう少し色々やってみないと分からないでしょうね。我々はコモディティー市場(BtoC)向けの製品が主力で、(他社のように)BtoB市場へ大きく舵を切ることは現時点では考えていない。もちろん、BtoC向け製品はやるべきでないという判断が今後出てくる可能性はありますが、まだそうした判断を下す段階にはありません。

 COMPUTEXへの出展も一例ですが、今後1年間はいろいろな展示会や技術交流会に積極的に出て行って、ブランド力をつけることに注力します。我々の会社は、世界的に見たらまだ「ソシオネクストって誰?」って感じですから。積極的に外へ出ないと、市場が何を求めているかは分かりませんし、自分自身の姿も見えてこないんです。

 そして展示会では、自社の製品を単にデバイスとして訴求するのではなくて、ソリューションとして提案する。「なるほど、こんなことができるのか」と感じてもらえるようなデモを見せて、我々が持っている可能性をきちんと伝えたい。同時に、マーケットの本当のニーズはここにあるんだ、というところをつかみたいと思います。

――外に出ていかなければ、自分たちの実力や本当のニーズは分からない、と。

 我々の会社もそうですが、はじめから正解を出そうとするから、会議ばかりが仕事になるんです。社内で考えた話というのは、すべて仮説ですよ。「絶対に売れるもの」が社内の会議でいきなり生まれるはずはない。会議では、しょせん社内では正解が分からないことを議論しているんです。そのことを肝に銘じ、まずは目的に向かって動き出してみる。そこで仮説の誤りが分かったら、その時点で修正すればいい。これまでのようなスピードで動いていたらダメですね。まだまだ遅いと思います。

 今、我々の会社が必要としているのは、本当の意味でのマーケティングです。顧客よりも「少し先」を見極め、顧客が興味を持ってくれるものを提案する。一発で当たる、なんてことはありえません。PDCAサイクルを回しながら、徐々に作り上げていく。それも開発現場に閉じた形でそのサイクルを回すのではなく、マーケットに入り込み、顧客とともに完成度を高めていく。技術者としてのスキルだけでは対応できない、そうした能力をこれからは社員に求めます。

 顧客よりも「少し先」に行くことは、難しいようで、意外と我々のような立場ではやりやすいんです。顧客企業(機器メーカー)は案外、一つの枠組みの中で製品開発を考えがち。それに対して、むしろ我々の(ようなサプライヤーの)方が広い視野を持てることがあります。このことをもっと活用すべきでしょう。例えば5社を相手にした場合、ある1社よりは遅れているけれども、他の4社に対しては「少し先」の視点を我々が持てることがあるんです。

 それから、同じ会議をやるにしても、一番大切なことは一番オープンな場で決めるというのが私の考え方です。重要な案件を決める会議を、管理職だけでなく現場の担当者も参加できるようにし、国内だけでなく海外拠点の従業員も(ウェブや電話で)参加できるようにしています。誰がどの場面で発言してもいい。もちろん、議論の中身が社外に漏れたら困りますが、そこは社員に信頼を置いてやっているわけです。それぞれの社員にとっては自分の意見とは異なる結論が出る場合もありますが、決定のプロセスを目の当たりにすることで納得感が得られる。それが大切なんです。

 ある事柄を前に進めていこうと思った時、そこに向けた議論をする場で上下関係など存在しないはず。「上意下達」という言葉がありますが、その仕組みで本当に頭を悩ますのは、一番下の立場にいる現場の人間なんですね。そういうやり方はよい結果を生みません。

――今後、具体的には何を経営目標にしますか。

 グローバル市場でトップシェアの製品を5つくらい持ちたいと思います。既にかなり高いシェアを持っている製品もある。100G~200Gビット/秒、そしてこれから400Gビット/秒へ向かう光ネットワーク向けSoCなどです。

 そして5年以内にIPO(上場)するのが、私の役割だと思います。もちろん、上場すること自体を目的化するわけではありませんが、出資者へのリターンという意味では重要ですし、それなりの質の会社にならなければ上場できないわけですから。上場を含めて、持続的な成長を見込める会社にシフトさせることが私の仕事です。

 はっきり言ってしまえば、我々の母体2社は、元の会社では存在価値がないと判断された。だからこそカーブアウトされたわけです。それならば、グローバルで価値を認められる会社になればいい。そう私は思っています。

 この会社の社員は、先日までは日本有数の大企業の社員でした。特に40~50代の社員は、優秀な人材が優先的に配属された部署で仕事をしてきた人達です。そういう人材が退路を断ってこの会社に移籍してくれた。ですから5年たち、10年たった時に「あの時にここに来て良かった」と思ってもらえる会社にしなければなりません。

――ファブレス企業としては大きい、2600人規模の会社です。リストラや再度のM&Aが必要な場面も出てくるのではないでしょうか。

 リストラをするようなら、もう終わりでしょうね。私の経営は失敗ということです。今お話ししたのは、リストラをしないための経営理念に他なりません。

 M&Aについては、もちろんその必要が出てきた場合には検討します。どんなことがあっても自前で、とは考えていない。ですが、業界でいろいろと起こっているM&Aの議論に、我々はまだ参加する資格がないでしょうね。