みなさんは「ホテル西洋銀座」をご存じでしょうか?

残念ながら2013年5月に閉館してしまいましたが、開業時には日本初の5ツ星クラス/小型高品質ホテルとして大きな話題を呼び、それまでなかったようなきめ細やかなもてなしと高い上質感で、25年間、国賓クラスを含む国内外の多くの賓客を魅了したホテルです。

 

■私が見た「一流たちの振る舞い」

日本のホテルとしては初めてのコンシェルジュサービスを取り入れるなど、業界への影響も大きなものでした。優秀な人材を数多く輩出した名門としても有名で、日本人初のソムリエ世界大会王者となった田崎真也氏もそのおひとりです。

筆者の人生で何がいちばん幸運だったかを問われると、迷わず、このような日本のホテル史上に大きな足跡を残した伝説の「ホテル西洋銀座」から、キャリアをスタートできたことと答えるでしょう。なにしろ「国内外のトップエグゼクティブ、セレブ」が集まる場所で、その物腰や振る舞い、考え方に触れる機会に恵まれたのですから。

ホテルに入社した当初から、目にする人たちの立派さには圧倒されっぱなしでした。配属されたのが会長秘書室であったため、そこで過ごしているだけで、直接の上司である会長をはじめ、普段、雑誌で見ていたような著名経済人の方々をすぐ間近で見るような毎日でした。

また、ホテルに一歩出れば、豪華なインテリアが目に飛び込んでくるのと同時に、そのきらめきに負けない雰囲気を持ったお客様も視界に入ってきます。そんな、各業界の一流の著名人であるに負けない光彩を放っていたのは、当時のホテル総支配人、N氏です。

N氏は、以前はニューヨークの超名門ホテルの支配人を務め、その後、ホテル西洋の初代総支配人として招かれた人物です。その頃は差別的な理由もあったのでしょうが、それまで米国で東洋人が名門ホテルの高い地位に就くことはまずなかったそうです。しかし、それを乗り越え、異例のスピードで日本人として初めてその地位に就いたのです。その経緯を評価されて初代総支配人として迎え入れられたのでした。

初めてお会いしたときには、「この人すごい」とすぐに感じました。その洗練された態度や振る舞い、全体から漂う余裕にノックアウトされたような気分で、こんな立派な人が総支配人であるホテルで働ける誇りを身の内に感じたものです。そう感じたのは私だけではなかったでしょう。周囲の同僚や諸先輩はN氏を非常に尊敬していましたし、「初めて会ったときにはびっくりした」「あんなオーラを持つ人にはかなわない」とよく口にしていました。

 

■「社格、職位にふさわしい存在感」は米国では常識?

このような、人の上に立つ人や、人に影響を与える立場の人にふさわしい雰囲気や格、オーラのようなものを、米国では「エグゼクティブプレゼンス」と呼び、経営者やトップに必須の資質としています。それは、人に与える印象の違いが、人の考えや判断に影響を与えることが、よく知られているからです。

周囲から軽んじて見られるようでは、地位も上がりませんし、人を動かせません。仕事の能力や経験を身に付けるのと同様に、自分の立場や役割にふさわしい雰囲気を身に付け周囲に示していくことは、欧米社会ではむしろ当然の感覚です。厳しい米国社会では、印象管理の力もマネジメント力のひとつとしてカウントされるため、いかに能力があると主張しようとも、成功するチャンスは制限されてしまうのです。

前述のN氏からも「あちら(米国)では見た目も大事だから、だいぶ背伸びをしたこともあった」という言葉を聞いたことがあります。つまり、エグゼクティブプレゼンスのことを言っていたのです。

N氏が米国で確固たるキャリアを築き、注目されたホテルの初代総支配人を任されたのは、氏の純粋な仕事の実力ももちろんあったはずですが、周りが納得するに十分な雰囲気を持っていたことも理由からはずせないでしょう。そして、それは「たまたま、そうした雰囲気の持ち主だった」という先天的なものではなく、彼がそれを身に付けることを意識していたのです。

身に付けるというのは、実はそれほど難しいことではありません。一流の人は、決まって同じことを意識しているので、その基本さえ押さえれば、好印象を与えられ、信頼を持ってもらえることができます。

たとえば、初めてN氏を見たとき私が「この人すごい」とオーラを感じたのは、よくよく見てそう思ったのではありません。姿が目に入ってきた瞬間に、そう感じる何かがあったのです。それは、人間が一瞬の視覚で確認できる情報です。

 

■ポイントは「アゴ」だった!

一瞬で確認できるのはせいぜい、その人のシルエットや表情全体から受ける感じです。ですから、「姿勢がよいこと」や「アゴ・口元が引き締まっていること」、たったそれだけのことだけでも、その人の印象に大きな影響を与えるのです。

N氏のオーラに加えて、秘書としての担当が違ったこともあり、たまにN氏とお話しをする機会にはかなり緊張していた私でした。しかし、一度そんな機会に、ふと「なぜ総支配人はそんなにすごい雰囲気をお持ちなのですか?」と向こう見ずな質問をしたことがあります。

N氏は、ダイレクトな褒め言葉にもあまり照れない、明るい自信に満ちた方でした。ですから、明るくはっはっはっと笑って、当然のように答えてくれたのです。

「そんな大したことはしてないよ。たぶん背筋をシャンとしているとか、こう(とアゴを引き締めて)相手の眼をちゃんと見ているとかのことだけじゃないかな。たったそれだけでも、している人とそうじゃない人は違うんだ。そう思わない?」。そう正面からあらためて見られて、またも非常に緊張した私でしたが、確かにそのとおりでした。

それから気をつけてN氏の様子を見ていると、つねに姿勢よく、アゴをきちんと締めていることがよくわかりました。そして、相手がお客様でも部下でも、話すときには真っすぐ相手を見るのです。お客様や著名経済人など周りを見ると、やはり姿勢やアゴの角度は「締まっている」方ばかり、いえ、それが一流の方々の共通の特徴だということがよくわかってきました。

そして、姿勢やアゴの角度が決まっていると、人を見るときの視線が真っすぐ直線的になることにも気がつきました。なるほど、こういうことが「堂々とした感じ」を生み出しているのだな、と感心したものです。

姿勢やアゴ、そのような身体のパーツの状態が変わるだけで、同じ人間なのに、相手からの評価もいつのまにか変わります。たとえば、初対面のときに相手から見るアゴの角度が上がっていると、いわゆる「上から目線」となり、横柄に見えてしまいます。これでは相手からの好感は期待できません。むしろマイナスの印象からスタートすることになるのです。

また、対面での打ち合わせでも、アゴが上過ぎて威圧感を相手に与えたり、下から見上げることで疑っているようなイヤな感じを与えたりと、それが単なるクセであっても、相手の心理状態によくない影響を与えることもあります。

姿勢を正し、アゴを引き締めて、相手に誠意ある表情を向ける。これだけのことが、仕事の成否さえ変えるときがあるのです。

 

■一流は「実力」も「見た目」も磨く

こうした「見た目」「存在感」をともすれば軽視し、「人は中身だ」「要は実力だ」と印象を高める努力を放棄する人を見かけます。しかし、先にも言いましたが、人に与える印象は相手の判断や考えに、想像よりも大きな影響を与えています。あのとき、私が感じたようなものがある人とない人とでは、これから周囲からの扱われ方、待っているポジションもまるで違ってきます。

本稿で説明したのは一例ですが、これを基に自分の立場や役割にふさわしい印象を、より強く意識することをお勧めします。それは自信を高めるきっかけにもなり、堂々とした態度や品格の基になるはずです。一流のビジネスパーソンは、仕事の実力を磨くことと同じぐらいに、自分の印象を磨くことを意識するのです。