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シリコンバレーは、何が”特別”なのか?

シリコンバレーの”格言”とは?

伊佐山 元 :WiL 共同創業者CEO 2013年08月30日

AppleGoogle、Yahoo、IntelFacebook――。世界の人々の生活を変えた世界最先端の企業が集う米国シリコンバレー。本連載の著者・伊佐山元氏は、この地で10年間、全米トップ10に入るベンチャーキャピタル「DCM」のパートナー(共同経営者)として働いてきた。
ベンチャーキャピタルは、「次のGoogle」「次のFacebook」になる可能性のあるベンチャー企業へ早い段階から投資を行い、事業支援を行う業務である。伊佐山氏は、シリコンバレーの大手のベンチャーキャピタルで経営に携わった数少ない日本人である。
そして、シリコンバレーで数千人を超えるという数多くの起業家と出会い、自分の“目”を頼りに、事業の将来性を見極め、投資をしてきた。

■人と人のぶつかりがイノベーションの源
私は、シリコンバレーで世界を変えるイノベーションが起きるのは、「人と人がぶつかりながら起きる“化学反応”が多いから」だと考えている。

この10年を振り返っても、GoogleTwitterUstreamfacebook――といった新興ベンチャーが次々とシリコンバレーから生まれ、世界中の人々の生活や行動を変え、政治や経済にも影響を及ぼしてきた。

「世界中のあらゆる都市の中で、なぜシリコンバレーなのか」――。シリコンバレー在住の私はよくこうした質問を受ける。

もちろん数多くの専門家の見解があり、正解はひとつではなく、さまざまな要因が絡み合っていると思うが、私はシンプルに答えている。「シリコンバレーの風土に引き付けられるように“人”が集うから。それに、起業家、ベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家、起業を支援するプロデューサーなど、ベンチャーに関連する人の“数”が圧倒的に多いから」と。

なぜなら、「イノベーションの最大のきっかけは、人と人がぶつかることだから」――だ。人と人がぶつかると、そこにエネルギーが生まれ、アイデアが生まれる。

シリコンバレーの起源と言われるヒューレット・パッカード(HP)の創業も、ウイリアム・ヒューレットとデビット・パッカードの“ぶつかり”によるもの。アップルは故スティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアック、グーグルもラリー・ペイジセルゲイ・ブリンのぶつかりから生まれた。

■圧倒的に「ぶつかる場」の質と量がある
シリコンバレーは起業家の世界であり、起業に関する「人と人がぶつかる交流の場」が圧倒的に多く、“質”“量”ともに確保しやすい。これがほかの都市との決定的な違いだと言える。

シリコンバレーの中心に位置し、数多くの起業家を輩出しているスタンフォード大学はもとより、毎週のようにどこかで開かれているカンファレンス、朝食会をはじめとした食事会、ホームパーティなど数え上げればきりがない。街中のカフェは、いつ訪れても、若い起業家と起業家支援が熱く議論をし、別の席に目をやれば、コーディングしているエンジニアがいる。街中のいたるところに「サロン」があるイメージだ。起業を目指す人たちや起業家たちは積極的にそうした「場」に足を運び、私のようなベンチャーキャピタリストもことあるごとに機会を作ってきた。

シリコンバレーでは、こうした起業に関する「場」や「風景」が、あらゆるところで、日常の中に溶け込んでいる。「シリコンバレーに来れば、ベンチャーができる」というより、「シリコンバレーにいれば、自然と人と人とが結び付き始める」という感覚が近い。

フェイスブックの創業者・マーク・ザッカーバーグハーバード大学出身者だが、起業直後に本社を、シリコンバレーの中心と言われるスタンフォード大学の学生街であるユニバーシティアベニューに移した。これもシリコンバレーに行けば、さらにポテンシャルが開花すると信じていたからである。

■「この環境だから生まれる」と感じた大学生の声

「実際にシリコンバレーを訪れて、イメージが変わりました」――。

先週、拙著『シリコンバレー流 世界最先端の働き方』を読んだ東京大学慶應大学の学生から、立て続けにフェイスブック経由で「感化されてシリコンバレーまで来てしまいました」という連絡が来たので、起業準備などで忙しい合間を縫って、カフェで会う機会をつくった。

彼らの感想は次のとおりだ。

シリコンバレーに行くためには、ものすごいスキルと人脈、アイデアがなければいけないと思い込んでいたが、いざ現地に来ると、この環境の中でそれらが生まれるというのがわかった」。国籍・人種、キャリアも違うさまざまなアイデアを持った人がいて、その人たちと意見交換し、イベントに行く中で仲良くなり、新しいアイデアが生まれるということを肌感覚で感じたのだと言う。そして、何が何でもこの地で働くことを決意したとも言っていた。

これは「正解」だと思う。

イノベーションは、ひとりの天才が作り出すというよりは、人と人とのぶつかりから生まれる。また、人と人がぶつかり交流することで、さまざまな人のアイデアがちょっとずつパズルのピースのようにかみ合わさってはまっていき、最後に「絵」となるものだ。

日本にも起業に関するイベントは開かれているが、シリコンバレーのように日常化するまでには至っていない。

■「あなたは何ができるのか」に応える

とはいえ、シリコンバレーにいれば、「人と人がぶつかる機会」を簡単につくれるのか――。というと、もちろんそうではない。朝食会などで会う人は基本的には人からの紹介がほとんど。「人と人がぶつかる機会」をつくるためには、人脈が必要なのだ。

シリコンバレーで働き始めた10年前は、日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)を退職した直後であり、「人とぶつかる機会」も「人と人をぶつからせる機会」もそう多くはなかった。つまり、ただの“ひとり”の人間だった。そうした状況では「あなたはいったい何ができるのか」という単純な原理で人間関係が決まってくる。

そこで重要だったのが、「自分ができることを徹底してやること」と「一期一会の精神で取り組む」という2つのことだ。

自分のできることは限られているので、まずは日本人がいないカンファレンスやパーティに足を運ぶなどしていき、自分の会社のこと、日本のことへ関心を持ってもらえるように動いた。何もなかったからこそ、一つひとつの人との出会いを真剣に、丁寧に、大切にした。そして今、相手のために自分ができることを積み重ね、自分の環境を変えていった。

シリコンバレーというと特殊な「何か」があると思う人も多いが、実はそうではない。私のような有望なベンチャー企業を見つけ投資をすることを生業とするベンチャーキャピタリストが、よい投資案件にたどり着くのも、結局は「人と人のつながり」。弁護士、会計士、証券会社、ヘッドハンター、同業他社、大学の同級生、大学の先生、連続起業家(シリアルアントレプレナー)、事業会社の経営幹部からの紹介が多く、特別な仕組みがあるわけではないのだ。

シリコンバレーでよく言われるのは、
「Who you know,who knows you, is what you are worth」
(お互い認め合っている人間関係があなたの価値を決める)

イノベーションが「人と人とのぶつかり」から生まれるのであれば、シリコンバレーのような「交流の場」があること、そして実は人と人とのつながりをつくる「一期一会の精神」が最も重要な「カギ」を握っているのではないだろうか。