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オランダの農業が強い理由 多様なセンシング手法を科学的に使い分け

加藤 伸一=ジャーナリスト2013/12/16
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欧州で有数の農業国であるオランダは、先進的な農業への取り組みに積極的なことで知られる。より効率的で、より高収益を目指すオランダの農業の中で、センサをはじめとするデバイスがどのように使われ、今後、どのようなデバイスが求められているのか。Wageningen University and Research CentreのJos Balendonck教授の研究成果を基にした温室栽培事例を紹介する。オランダ大使館 科学技術参事官のPaul op den Brouw氏による「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」と題する講演をまとめた。

 オランダでは、温室による花や野菜、鉢植え植物の栽培が盛んである。温室栽培に取り組む3000社以上の小規模な農作企業があり、これらの企業が保有する温室の面積の合計は約100km2に達している。

 オランダにおける温室栽培には、いくつかの特徴がある。従事者1人当たりの設備などの固定資産額が大きい資本集約型の産業であり、技術革新に熱心で新たな手法がいち早く採用される分野だ。

 Brouw氏によると、背景には、オランダで温室栽培に取り組む企業は国際競争力を高めなければ生き残れないことがある。オランダで温室栽培の対象となる野菜や花などは、他の国では温室なしで栽培できるので他の国の農作企業以上の努力が必要になる。

■計測項目と目的の適切な設定が重要

 温室栽培にかかる基本的なコストは、エネルギー利用コスト、労務コスト、設備や機器の購入や利用に関するコストである。温室栽培で収益を増やすためには、栽培する植物の品質向上、収穫までに要する期間の短縮、栄養素の供給の効率化、温室の環境制御の最適化などが重要である。

 ここでは、エネルギーや栄養素、設備、機器を最適なバランスで利用しなければならず、さまざまな分野の知識が必要になる。例えば、光や水、栄養素、成長促進物質の収穫量や育成時間に対する影響などを知らねばならない。

 こうしたデータの把握や知識を蓄積するためには、センサの活用が有効である。環境や植物の育成状態を測定し、その結果を最適な制御に反映させる。

 温室栽培向けセンサに求められる主な条件は、高速に測定できること、信頼性が高いこと、堅牢性に優れていること、過酷な環境でも動作できることである。さらに、多様な要素を計測できることも必要になる。温室栽培に要求される物理的な特性を満たしながら、有益なデータを提供できなければならない。例えば、植物の栽培に関する限界値や目標値を管理し、温室の状態を最適に制御するのに使うデータである。そのための計測項目や計測頻度、計測目的の設定が重要になる。

■植物の反応速度に合わせてセンサ選択

図1 環境変化の影響が植物に及ぶスピードと計測に必要なセンサ
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」

 温室栽培する植物に、栽培環境の変化による影響が及ぶスピードはさまざまである。Brouw氏は、影響が及ぶスピードを三つに分けて、それぞれの計測に必要なセンサについて説明した(図1)。

 第1は、数分間〜数時間で素早く影響が及ぶ高速な反応。第2は、数時間〜数日間かけて影響が及ぶ中速な反応。第3は、数日間〜数カ月間のゆっくりとした低速な反応である。

 高速な反応には、CO2の吸収や蒸発、温度の変化がある。CO2の吸収の測定には分光計を、蒸発の測定には湿度センサやロードセル(力センサー)を、植物の温度の変化の測定には赤外線センサをそれぞれ使う。

 中速な反応には、植物内部の炭素などの反応や、果実の育成具合がある。植物内部の炭素などの反応は、果汁流量計や色素センサを使って計測する。果実の育成具合は、ロードセルを使って重量の変化を測定する。

 低速な反応には、植物の成熟具合がある。葉や種の成熟具合については、イメージ・センサによる画像や、窒素センサによる吸収や反射の計測値から把握する。

■光量の把握で光合成を促進

図2 エネルギー使用量を30%削減した上で多くの光を温室に取り込める温室栽培の手法
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」


図3 光合成に使われる400nm〜700nmの光量を計測する照度センサを使用
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」

 オランダでは、このような多様なセンサを使う新たな温室栽培の手法を開発した。従来よりもエネルギー使用量を30%削減し、しかも多くの光を温室に取り込める。これによって、より多い光合成を実現し、栽培の効率を向上できる(図2)。

 温室内の管理にセンサを使うだけでなく、温室の外に設置したセンサも利用する。例えば、温室の外に吹く風の風速を測定することによって、暴風雨の際には温室を守る手段を講じる。また、温室の外に吹く風の風向によって、温室の最適な位置の窓を開閉し、最適な温室内の制御につなげたり、太陽の照射状況に対応して温室内に日陰を作り出したりといった制御をする。

 温室栽培において最も重要な要素の一つが光である。光の測定には照度センサを使う。測定したいのは、光の総量ではなく、光合成に使われる光の量である。このため、植物の光合成に使われる波長400nm〜700nm帯の光量を計測できる照度センサを使う(図3)。

■高精度で安価な温度センサに期待

図4 光の強さとCO2吸収量を比べる
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」


図5 温室の屋根と地面で±9℃以上の差が生じることも
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」

 温度などの計測については、ユニットボックス型の簡易な構成のセンサを使う。堅牢性や信頼性に優れ、価格が安い利点がある。±0.2℃の精度があり、5000m2の面積をカバーできる。湿度の計測については、精度が±2%の電子的な計測方法を使っている。

 CO2も重要な計測対象である。CO2が少なくなれば、植物の成長が遅くなるからである。微細なチューブ状センサや赤外線センサを使って、高速にCO2の吸収具合を計測できる技術を採用している。植物に照射される光の強さとCO2の吸収量の違いを、異なる光の強度で比べることができるものである(図4)。

 温室では、温度の均一性も重要である。温室の屋根と地面の間で、±9℃以上の変化が生じることがある(図5)。温度の均一性を計測するためには、温室全体で温度を計測する必要があり、より均一性が高く、より安価なセンサの登場に期待している。空気中の音速から測定するセンサもあるが高価である。

■MEMSセンサによる栄養素の残留量の計測に期待

図6 植物の水分蒸発や放射温度、土壌の湿度やイオン濃度などを計測
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」

 水や栄養素の供給量を正確に制御する技術については、実際に育成している環境でサンプルとなる植物を選んで、植物の水分の蒸発や放射温度の他、土壌の湿度やイオン濃度、電気伝導率などを計測する(図6)。これらの計測値から、土壌の温度と温室内の温度の相関性、植物が土壌から吸収している水の量、供給した栄養素のうち植物に吸収されずに残った量などを分析し、温度の管理、水や栄養素の供給を最適化する。

 このうち、栄養素の残留量は、イオン分析装置で計測しており、将来はMEMSセンサが代替することを期待していると強調した。

 さらに、植物の茎や果実の厚さ、重量を計測する手法を紹介した。湿度や温室内の光量と植物の光合成の相関関係を把握する目的で計測する。

光合成の分析も重要

図7 3次元データで植物の光合成やストレスまで分析
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」


図8 ハイパースペクトル画像から植物の光合成の効率を分析
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」


図9 ハイパースペクトル画像から植物の光合成の効率を分析
出展:ナノ・マイクロ ビジネス展(7月3日〜5日、東京ビッグサイトで開催)と併催の「第19回 国際マイクロマシン・ナノテクシンポジウム」でのPaul op den Brouw氏の講演「Sensors and sensor networks in high-tech horticulture(plant factory) in the Netherlands」

 光合成では、植物の温度が重要な要素となる。植物の温度が高くなりすぎると、気泡が出づらくなって水分が蒸発しづらくなる。これによって水の輸送が止まってしまい、植物の成長が止まる。一方、植物の温度が低くなりすぎると、過剰な水蒸気が凝結して温室内の水が多すぎる状況になる。水が多すぎる状況が続くと、植物の病気が発生しやすくなる。

 こうした光合成の状態を把握するために、イメージ・センサによる植物の表面の観察や、熱電対や赤外線センサを使った植物の温度の計測など、さまざまな方法を使う(図7)。2次元だけでなく、3次元のデータによって、光合成の様子や温室内で植物が受けているストレスまで分析できる。

 また、広範囲の波長帯の光に対する反射率を連続的に得るハイパースペクトル画像から、植物の光合成の効率を分析する手法も有効である(図8〜9)。今後、こうしたセンサ・システムをより小型化し、携帯機器に搭載するとともに、無線通信機能の集積化を実現する際に、MEMSセンサなどの技術に期待が集まっている。