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連載「温暖化とIPCC」(下)人類の余命宣告

カナロコ by 神奈川新聞 3月28日(金)12時0分配信

台風9号の影響による高波で道路脇の斜面がえぐられ、路面が崩落した西湘バイパス=2007年9月7日、大磯町で共同通信ヘリから

 横浜市港北区にある2階建ての一軒家。パソコンのモニターが部屋ごとの電力使用量をリアルタイムで映し出す。「エアコンを使う夏場は前年から20%ぐらい省エネできた」。鏡翔太さんは、この春卒業した東京都市大環境情報学部の卒業研究で自宅を使って省エネ実験を試みた。

 導入したのが家庭用エネルギー管理システム(HEMS)。電力を「見える化」することで無駄遣いを抑えられるとされる。

 効果を確認した鏡さんは「同じ部屋で一緒に食事を取るなど、家族5人が無理のない範囲でライフスタイルをそろえることが重要だった」と振り返る。「でも、一家族のこと。少なくとも地域単位で連携しなければ意味がない」とも感じた。

 HEMSには横浜市も注目しており、補助制度を設け、普及を図ってきた。ほかの自治体でも、太陽光発電の導入促進など温室効果ガス排出削減に向けた取り組みは始まっている。だが、国全体でみれば再生可能エネルギーが総発電電力量に占める割合も2012年度で1・6%。東京電力福島第1原発事故をきっかけに再生エネへの関心は高まったものの、国や自治体の動きが加速する気配はない。

■心掛けで防げず
 今世紀末の日本の平均気温は3・5〜6・4度上がり、海面の水位は最大63センチ上昇。85%の砂浜が消失し、高潮被害のリスクも高まる。大雨による洪水や土砂災害は増え、熱中症や高温による持病悪化に伴う死者は現在の2倍以上−。

 環境省の研究チームが17日に発表した報告書は、温暖化が日本に与える影響をそう予測した。

 メンバーの一人で、国連気候変動に関する政府間パネルIPCC)第2作業部会の報告書の執筆者でもある国立環境研究所の肱岡靖明さんは言う。「温暖化の影響は地域差が大きい。それぞれに起こり得る悪影響を知り、県や市町村が主体となって必要な適応策を考えていかなくてはならない」

 政府は来夏をめどに「適応計画」を策定し、自治体の取り組みを後押ししていく考えだが、やはり研究チームメンバーで法政大の田中充教授は「適応策への取り組みは諸外国に比べて5年は遅れている」と指摘する。

 英国では気候変動法が2008年に成立し、温暖化によるリスク評価と適応計画を5年ごとに見直すことを政府に義務付けた。ロンドンとテムズ川流域の洪水対策などを中心に取り組む。

 研究面で先んじることを目指した米国は1990年に大規模な研究プロジェクトを開始。2009年には20以上の省庁でつくる特別組織を立ち上げた。

 第1作業部会の報告書作成に携わった国立環境研究所の江守正多さんは「もはや温暖化は、みんなで少しずつ節電するといった個人の心掛けで防げるものではない」と強調する。

■人類の余命宣告
 海抜1〜2メートル、サンゴ礁から成る南太平洋の島しょ国ツバルは海面上昇で水没の危機が迫る。25日に横浜で始まったIPCC総会では、温暖化が貧困を悪化させ、紛争のリスクを高めるとの指摘もなされている。

 国内の切迫感の薄さを文部科学省の気候変動適応研究推進プログラムのメンバーで、早稲田大の太田俊二教授は「日本はカネがあるためだ」と解く。「野菜が採れなくなって値段が上がっても、お金を出せば買える。暑さで高齢者が倒れても、クーラーを使えば何とかなる。現時点では解決できる程度の問題しか表れていない」

 丹沢をはじめとするブナ林の消滅も危惧されるが、「さまざまな木々に覆われた日本の森林の多様性は世界的にもまれなもの。なのに、誰も価値を意識していない」。一つの種が迎える絶滅の危機の先にどんな未来を想像し得るのか、そこが別れ道。江守さんも言う。「人類は余命宣告を受けたようなもの。残りの人生をどう生きるか、懸命に考えなければいけない段階だ」

 IPCCの第1作業部会で共同議長を務めたスイス・ベルン大学のトーマス・ストッカー教授は昨年12月、横浜で行った講演で「気候変動を抑えるためには、温室効果ガスの排出量を大幅かつ持続的に削減していく必要がある」と訴え、講演をこう締めくくった。

 「私たちには、そのための選択肢があるのです」

 IPCC総会は来月、横浜に続きドイツで開かれる。発表される第3作業部会の報告書では、温室効果ガスの排出量を削減するための緩和策の数々が集約され、提示されることになっている。

◇国を挙げた対策進まず

 温室効果ガスの排出量を削減する「緩和策」は世界的にも取り組みが遅れている。足かせになっているのが経済コストの問題だ。IPCCでは第3作業部会が緩和策やその効果、必要なコストなどを集約し、最新の報告書を4月に発表する。

 前回2007年の報告書では、50年に世界の温室効果ガスの排出量を00年から半減できれば、産業革命以降の気温上昇を2度台で抑えられるとした。ただし、対策による排出削減コストの増加で2050年の推定国内総生産(GDP)に最大マイナス5・5%の影響が出ると予測している。

 また、企業や市民団体などによる自主的な活動は、新しい政策や技術の普及を促すことにつながるものの、国や地域レベルの排出量に与える影響は小さいとした。

 温暖化を抑えるためには国を挙げた対策が不可欠だが、目立った成果は出ていない。昨年11月に開かれた気候変動枠組み条約の第19回締約国会議(COP19)の内容も対策の遅れが懸念されるものとなっている。1人当たりの排出量は所得の高い国ほど多く、発展途上国からは先進国の削減責任と負担を求める声が根強い。

 日本は会議で、20年度までに05年度比で3・8%削減する新目標を表明。京都議定書の基準年1990年度比で3・1%増となり、民主党政権時代に掲げた目標だけでなく、京都議定書の目標と比べても大幅に後退している。