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足と笑顔と図々しさ  “開発の鉄人”がこっそり教える虎の巻 #032

 

 若い頃から心掛けているのは、とにかく、お客様のところにはこちらから行こうということである。クライアントでも、クライアントの客様でも、何かのご相談であっても、とにかくこちらから行くのである。こんなことがあったからだ。

 大学の研究成果を知的財産権と共に活用して事業化するという国の事業がスタートして、ある大学のお手伝いをすることになった。大学教授の研究を知財化するのと、それを実際に事業化するのだが、この時、気付いたことがある。

 それは、私が研究案件を知るために、最初はこちらから研究室にお邪魔しようと言ったのだが、多くの先生方から「研究室は手狭でごちゃごちゃしているから、会議室でやりましょう」と言われたのである。

 そう言われれば仕方ない。会議室で資料を見ながら説明を受けるのだが、何ともつまらない。何がつまらないかと言うと、要するに、ご自分では凄い研究をしていると思っているのかもしれないが、こちらから見ると、全然、面白くないのである。

あまりにつまらないので…

 中には、まさに自画自賛とも言えるくらいに、自分の研究が素晴らしいとおっしゃる先生もいるのだが、つまらない。言わせてもらえば、研究のための研究であって、誰かがうれしくなるとか、社会のお役に立てるとか、胸にグッと来る研究が少ないのだ。

 あまりにつまらないので、ある時、こちらから研究室に行くから、何も資料等の準備もいらない。とにかく研究していることを見せてくれと、押し掛けることにした。

 そんなこと、かえってわずらわしいと拒否する先生もいたが、来てくれるなら何でも見てくれと、気さくに受け入れてくれる先生もいて、ありのままを見る機会をいただいた。

 ある研究室に行って驚いた。その先生の研究はワムシだと言うのである。ワムシをご存知の方は少ないと思うが、要するに、ミジンコである。

 「こんな研究、誰も分かってもらえないのですが、面白いのですよ。学名はナンタラカンタラで…」と、先生はいきなりミジンコの説明を始めたのだが、こちらはさっぱり分からない。よく分からないが、ミジンコは水中の微小動物で、主に淡水に生息していて、その体長は1mmにも満たず、たいていは100~500μm程度の大きさだという。水中に浮遊しているか、藻類や沈殿物の表面を歩き回るようにして、暮らしているのだそうだ。

 この先生はとにかくうれしそうだ。ミジンコ大好き、そんな感じである。他の先生と一味もふた味も違うのだ。

なぜ違うのか?

 なぜ違うのか、説明を聞くうちに分かってきた。先生には、研究のための研究ではなく、明確な目的があったのだ。

 詳細は割愛して、かいつまんで説明すると、ミジンコは養殖魚の稚魚の餌になるのである。養殖でふ化した稚魚に、最初に与えるエサがミジンコなのである。だから、餌が小さくなければ、稚魚の口には入らない。ミジンコは稚魚の餌としては最適の大きさなのだ。

 しかし、そこに大きなジレンマがあった。ミジンコは生けすで養殖するのだが、大量に繁殖するのが難しい。大きな水槽に、例えば、養殖魚の水槽がプール一つだとすると、同じ容積のプールを用意して養殖しなければならないのである。

 要するに、稚魚と同じ容積のプールが必要で、しかも、その中に数百μmのワムシが点々と泳ぐのだから、まるで、大海原に漂うマンボーのようなもの。捕まえるのは容易でなく、これでは非効率と言わざるを得ない。

 それを、この先生はミジンコを飛躍的に大繁殖させる技術を確立したのだ。分りやすく言えば、今まではプール一つ分の容積が必要だったものを、何と、ドラム缶一つの容積で、しかも、24時間ごとに必要な量を供給できると言うのである。数字で言えば効率300倍、何ともすごい発明をしたのである。

 この先生の研究は、当初、大学側でも把握していなかった。先生も、誰かに相談するでもなく、マイペースの研究活動で、分かる人がいればよい、面白いからやる、言うなれば、名声よりも実業というタイプである。

“ありのまま”がいい

 いかがだろうか、このような研究が本当にすごいのだ。このようなことが、胸にグッと来るのである。

 当然、この研究は知財化して多くの事業者がライセンスを受けるようになった。今では、ほとんどの稚魚の餌はこの方法で繁殖して供給するようになり、養殖場が海にある必要もなくなり、かなりの養殖魚は山間地でできるようになったという。ミジンコ繁殖300倍の発明は、まさに大きな成果をあげているのである。

 このようなすごい研究に、果たして会議室で出会うことができたであろうか。資料を持参して研究成果を説明してくださいとお願いして、果たして、この先生は来てくれただろうか。

 どこぞの、大学と契約したコンサルタントが、しかも養殖のこともミジンコも知らないコンサルタントに、果たして、この先生は説明する気になっただろうか。

 なる訳はない。説明しても、どうせ分からないだろう者に、説明する時間がもったいない。そう考えたに違いないのだ。

 本当に、こちらから行ったのが良かった。研究室に、何の準備もお願いせず、何があるのかも知らずに行ったのが良かったのである。ありのまま、そして、先生の思いに直接触れることが、本当に良かったである。

 それから、私はとにかく、どこにでも、何があろうとも、例え向こうが嫌だと言っても(笑)、こちらから行くことにした。

 場合によっては、不意打ちとも言われたこともあった。研究室に転がるガラクタの中に、先生も気付かなかった「お宝」を発掘したこともあるし、駄目だと思っている成果物が、他の用途で活用されたこともある。

 要するに、こちらから行くことで、そこの全てが見えるのである。

大いに交流するための秘訣

 
イラスト:ニシハラダイタロウ
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 その頃から私は、よく「足と笑顔と図々しさ」と言うようになった。

 「足」は、こちらから行くという、フットワークの意味である。「笑顔」とは、初対面の人と会う時のエチケットである。初対面なのに小難しい顔をしたら、何も始まらない。ニコニコしていれば、「まあいいか」と気さくに話してくれる。

 そして「図々しさ」とは、分からないことを教えていただくための、前向きなお願い姿勢である。分からない時、「分かりません。教えてください」と正直に言えば、「しようがないなあ」と、半ば同情したように教えてくれるのだ。

 いかがだろうか、足と笑顔と図々しさ。いつも言うように、開発とは、多くの困難を伴うことである。それを、こちらから行き、ニコニコして話し合えば教えてくれるのだから、こんなにうれしいことはない。これからは、足と笑顔と図々しさで、大いに交流しようではないか。

 あっ、言い忘れたが、最近、もう一つ追加になったので書いておこう。

 それは、足と笑顔と図々しさまでは同じだが、最後に「もう一杯」があるのだ。

 確認のために言うと、「足と笑顔と図々しさともう一杯」なのだが、う~ん、何か、居酒屋のコマーシャルのようになってしまった…。(笑)