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錦織圭「勝てない相手はもういない」と豪語する力

2014年11月21日(金)09:20

錦織圭「勝てない相手はもういない」と豪語する力
(プレジデントオンライン)

PRESIDENT 2014年11月3日号 掲載

■いかにして自信を身につけたか

今回の全米オープンにおける錦織選手の活躍の中で私が強い印象を持ったのは、ベスト4進出時の記者会見です。彼が「勝てない相手はもういないと思う」と言った瞬間、背後にあるストーリーが思い出され、鳥肌が立つほどでした。

彼は日本の小学生のチャンピオンになり、盛田正明(ソニー創業者・盛田昭夫氏の実弟)テニスファンドの奨学生として13歳で単身渡米しています。言葉がわからず、周囲にもからかわれ「自分は本当にダメだ」と深く落ち込んだこともあったそうです。しかしその後、彼は「テニスが大好きだから」と、その気持ちを糧に頑張り、プロデビュー後、IMG(米フロリダ州のIMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミー)のエリートに選抜されて米国のデルレイビーチ国際選手権で優勝します。

私が彼にインタビューをしたときの印象は、非常に謙虚、というもの。たとえば試合の解説を務めていたジョン・マッケンローが「彼はいつかグランドスラムのメンバーに入るだろう」と言ったことに対しては「本当に光栄です」と言い、その後、フェデラーと練習試合をさせてもらったことに触れ、「彼のような選手になりたい」「一緒に練習できたことは僕の宝物」とも話していました。いわば、まだ遠くに山の頂を仰ぎ見て、憧れを糧にしていたのです。

しかしこのあと彼は変わります。きっかけは、昨年12月にIMGがマイケル・チャン氏をコーチに選んだことだと思っています。「錦織選手の技術はグランドスラムを勝てるまでになった。今こそグランドスラムを獲ったことがあるコーチを」と考えたのです。その後、チャン氏は常に、錦織選手へこのように声をかけたそうです。

「Believe,Believe,You can do it(自分を信じろ! 君ならできる!)」。錦織選手が「フェデラーにあこがれている」と言えば「何を言ってるんだ。君はフェデラーに勝ったじゃないか!」「どうしてチャンピオンに相応しい自分の実力を信じないんだ」と言い続けたのです。

その一方、チャンコーチは錦織選手に、まるでジュニアの選手がやるような基本的なトレーニングを課し技術面を徹底的に修正しました。そして――ここから1年も経たないうちに彼は記者会見で「勝てない相手はもういない」と話すのです。

この事実は「経験が言葉を導き出す」ことを示しているのだと思います。彼は間違いなく、何の裏付けもなく「負けるような気がしません」などと言う人物ではないのです。彼は自分を信じる「王者のメンタリティ」を身につけ、同時にトレーニングには「ジュニアのような謙虚さ」で臨んだ、その結果、本当に「勝てない相手はもういない」と確信し、あの発言をしたのだと思うのです。一見、この発言は「大言壮語」タイプの人が口にするもののように思えます。しかし彼の言葉は冷静な判断と、努力という裏付けを持つ「実を伴う」ものだったのです。

■有言実行、不言実行どちらもリアリスト

もちろん一流アスリートの中にも有言実行・不言実行、様々なタイプの方がいらっしゃいます。たとえば野茂英雄さんは不言実行タイプです。彼は「日本の野球の実力を証明したい」「何勝します」といった発言は、私が知る限り口にしていません。どんなときも、謙虚なままです。たとえば彼の渡米時は日本人選手の実力が未知数でした。その彼を、ある球団は、農場で藁を積んでいるピックアップトラックで迎えにきたのです。日本球界屈指の投手ならリムジンを当然と思うかもしれません。しかし彼は「迎えにきてくれただけでありがたかった」と言っています。現状を淡々と受け止め、自分の力を出し切ろう、できる限りのことをしようと思っている。胸に情熱を湛えながら、決して激高はしない。現実を見つめる目を持つリアリストだと思いました。当時、多くの野球関係者に「メジャーでなど通用するはずがない」と言われても、野茂さんが反論することがなかったのは、自分の進むべき道を信じていたからだと思います。

サッカーでは、中田英寿さんと本田圭佑選手が「有言実行」の人物と見なされていますが、彼らも自己実現を積み重ねていくリアリストだと思います。本田選手は、ブラジルワールドカップのとき、「優勝する」と勝利への執念を言葉にしました。しかし、惨憺たる結果に終わったあと、謝ることに。しかしこれはただの「ビッグマウス」ではない。本田選手は、自分を鼓舞するために言葉を使うタイプの選手だからです。彼は小学生の頃から、どんな大会に出場するときも「優勝する」「一番になります」と言い続けてきました。自分に嘘をつかず、思いをまっすぐ言葉にし、自分や周囲の目標を明確にしているのです。これも、ただの大言壮語とは異なります。

■ユーモアをこめて語った感謝の気持ち

また、一流のアスリートは、自分を支えてくれている人たちへの感謝を必ず抱いていますね。たとえば錦織選手が決勝を終えたあとの記者会見で、13歳から彼に奨学金を与え、フロリダのアカデミーへ留学させてくれた盛田氏に贈った言葉は忘れられません。全米オープンの決勝戦、盛田氏は日本にいてあのセンターコートにはいませんでした。そこで錦織選手はユーモアたっぷりに「今回は会長が見ていなかったので負けておきました。次回、優勝を見せるために」と言ったのです。これは、感謝の言葉であると同時に、冷静な、そして強烈な「次は優勝を飾る」という野心の表れでもあるのです。

これを聞き、一流のアスリートは、感謝と、強いモチベーションが心の同じ部分から出ているのではないか、とも感じました。錦織選手の試合で、マイケル・チャンコーチの隣に、ナイキの水色の帽子をかぶった人物がいたのをご記憶でしょうか? クールですが、錦織選手が得点すると、大きく拍手を送っていた人物です。彼はIMGの副社長で、錦織選手の才能をいち早く見出し、彼を支えるチームを築き、牽引してきたオリバー(Olivier R. van Lindonk)という人物です。錦織選手のマネジャーとして、一緒に世界を転戦し「ケイなら必ずグランドスラム優勝を獲得できる。このチームの全員が、そう信じている」と言い続けたのです。

錦織選手は13歳で渡米した直後は海外経験もなく、英語もできないことでとても苦労し、傷つき、ホームシックになったと話していました。この傷が、オリバーら、スタッフによって埋められてゆき、英語も、技術も、プロテニスプレーヤーとしてのメンタリティも身につけていきました。そして彼は、感謝の気持ちを言葉にするだけでなく、何より、勝利、成績などの結果で示そうとした。錦織選手が、感謝を感じ、口にすることは、つまり自信を構築したことの証明でもあります。さらには、次へのモチベーションへと変えている。これはビジネスの現場でも有効なことだと感じます。「自分が成し遂げたことは周囲のサポートがあって実現できた」という認識や「その思いを結果で示す」という強い思い。このダブルの気持ちが「ある結実」には不可欠だと思います。

一流選手の多くは感謝の言葉を口にしたあとすぐ、目標実現のため必要なことを始めます。たとえばイチロー選手も中田さんも、優勝などの結果を出した翌日には特別な栄誉などなかったように、朝から練習を始めるのです。聞けば「こんなことで満足するためにやってきたわけじゃない」「本当にまだまだなんです」と言います。ビジネスの世界でも同じです。有名な経営者の方は、山に登ると、その景色を楽しみながらも、すぐにさらなる山の頂をとらえ、進んでいかれます。

やはり、優れたアスリートは、多くが現状認識に長けたリアリストなのでしょう。そして、この認識を言葉にすると、周囲には「有言実行」に見えるのではないでしょうか。