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ホラを吹け。その実現のためにのめり込め しごとの未来地図

 

「ほどほど感」が蔓延する職場

ある大手企業の中間管理職層を対象にした次世代幹部育成研修をお手伝いしている。経営者の目線に立ち、未来を見据えて経営課題を抽出・検討し、経営陣に提言するというものだ。

いくつかのチームに分かれて検討しているが、その中のひとつのチームは「社内に蔓延している“ほどほど感”をいかに払拭するか」をテーマとして取り上げた。「ほどほど感」とはけっして手を抜いているわけではないが、かといって100%、120%の力を発揮しているかというと、そこまで発奮しているわけではない状態を指している。

この会社の社員は総じてとても真面目で、優秀だ。潜在能力はとても高い。しかし、その秘めた力を思う存分発揮しているかというと、多くの社員はそうなっていない。もっとやれるのに、ほどほど、そこそこで満足してしまっている社員が多いというのがこのチームの見立てであり、危機感だ。

「ほどほど感」が蔓延する理由はけっして単純ではない。会社の業績、責任権限も含めた仕事の与え方、成果に対する評価の仕組み、さらには長年の歴史の中で形成されてきた風土などいろいろな要素が影響を与えている。

解決策は容易ではないが、「この“ほどほど感”をなんとかしなければ、会社の未来はない」というチームの問題認識はとても健全だ。70%の力しか発揮しなければ、70%以下の結果しかついてこないのは当然だ。

もっともっと上を目指せる力はあるのに、70%程度のほどほど、そこそこが常態化し、いつの間にかみんなで「ゆでガエル」状態に陥ってしまう。一流の会社と並の会社の境界線は、この「ほどほど感」を払拭できるかどうかにかかっているといっても過言ではない。

この「ほどほど感」は会社という組織の話だけではない。その大本を辿れば、組織で働く1人ひとりの意識の問題だ。

テキサス・レンジャーズで活躍するダルビッシュ有投手がメジャー移籍に際して残したコメントはとても印象的だった。「相手チームの打者に試合前から『打てないよ』とか『投げないで』とか言われる。日本では、もうフェアな勝負はできないと思った。純粋にすごい勝負がしたかった」。

日本では圧倒的な力で制圧してきたダルビッシュにとって、対戦相手が戦う前から白旗を上げ、最初から勝つとわかっているような勝負が面白いはずもない。100%、120%の力を出さないと勝てないような環境に身を置きたいとする闘争心こそがダルビッシュの最大の武器だ。

ポスティングシステム(入札制度)の日米間協議が難航し、メジャー移籍がなかなか決まらない楽天田中将大投手の胸中も同じだろう。開幕からのシーズン24連勝、前年からの28連勝、ポストシーズンを含めた30連勝の3つがギネス世界記録として認定されたマー君にとって、日本に残るという選択は「ほどほどでいい」という選択でしかない。

未知の勝負に挑もうとする闘争心があるからこそ、人間は成長する。そして、そうした人間が集まることによって、組織の力も高揚していく。人間にとって、環境はとても大事だ。70%で満足している集団に属せば、やがて自分も染められていく。

まったくやる気がないわけではない、無気力ではないというのは、かえってたちが悪い。「ほどほど感」というのは、個人にとっても、組織にとってもとても怖い症状なのだ。

なぜマー君はメジャーを目指すか

写真=時事通信フォト

人として何か事をなそうとすれば、「のめり込む」力が必要不可欠だ。ほどほど、そこそこというのは、のめり込んでいないことを意味している。

だから、「ほどほど感」から脱却し、100%の力を発揮するためには、何かに思い切りのめり込まなければならない。のめり込むからこそ、仕事の質は深まり、能力はさらに磨かれ、並の努力では到達できないレベルに達することができる。のめり込むことさえできれば、当然、結果もほどほどやそこそこではなくなる。

「そんなことは言われなくてもわかっている。のめり込むことができないから、“ほどほど”なんじゃないか!」という反論もあるだろう。こうすればのめり込むことができるという明確な答えを私も持っているわけではない。

しかし、間違いなく言えるのは、明確な目的意識を持ち、高い目標を自分自身に課すことがなければ、「のめり込む」ことなど不可能だということだ。70%の力では達成できないゴールを定めなければ、100%の力を発揮しようなどとは思わない。

ダルビッシュやマー君がメジャーを目指すのは、そうした“場”を求めてのことだ。メジャーリーガーになることが彼らの目的ではない。闘争心に溢れ、高いレベルの環境に身を置き、ワールドチャンピオンを目指すことが彼らの目標であり、のめり込む力の源泉だ。

マー君にとって連勝記録はすでに過去の栄光だ。自分の過去を捨て去り、自分自身を思い切りストレッチさせることができる環境を求め続ける。そうした人間は「ほどほど感」とは無縁だ。

目標設定力を磨き「大きな成果」を!

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飛躍のカギは「のめり込む」力にあり

2000年に私はローランド・ベルガー日本法人の社長になった。当時、ローランド・ベルガーは日本ではほぼ無名だった。在籍するコンサルタントは数人、サポートスタッフを入れても10人以下という弱体オフィスだった。

私はそんな会社の社長に敢えてなった。「火中の栗を拾うようなもんだ」と助言してくれる先輩もいた。でも、私は一生に1度は誰かが敷いたレールの上を走るのではなく、自分の手でレールを敷いてみたいと強く思っていた。

就任早々、私は「日本における外資系戦略コンサルティング会社の三強に入る」という目標を掲げ、社員たちにも伝えた。みんなきょとんとした顔をしていた。「ホラを吹きやがって……」という空気が漂っていた。

戦略コンサルティング会社といえば、米国系が圧倒的に強い。なかでも、マッキンゼーボストン・コンサルティング・グループの存在感は際立っている。唯一欧州系で、知名度も実績もない当時のローランド・ベルガーからすると、雲の上の存在だ。そんな会社と並ぶ三強になるなど、当時は絵空事以外の何ものでもなかった。

それでも私は「三強入り」にこだわった。挑戦するからには、ほどほど、そこそこの目標は掲げたくなかった。ホラを吹いて、その実現のためにのめり込む。100%、120%の力を発揮するには、周囲からホラと言われようと、高い目標を掲げることが必要だった。ホラに共感してくれて、闘争心溢れる仲間も増えた。

それから10年以上が経過し、オフィスは100人以上の体制にまで成長した。「三強入り」できたかどうかはクライアントや周囲の評価に委ねるが、「三強入り」という目標によって私たちは「ほどほど感」に陥ることはなかった。

仕事で大きな成果を挙げている人を見ると、例外なく高い目標を心に秘めている。「ほどほど感」という危険な病に罹らないためには、スキルや知識を磨くこともさることながら、自らの目標設定能力を高めることが大切だ。