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BtoB営業における行動力格差/小倉 正嗣

INSIGHT NOW!2013年10月15日(火)
このところ、営業コンサルタントが活動量を増やす事を絶対的な売上改善手法であると語るケースが多くなっています。その風潮に一石を投じるために書き記しました。

このところ、ビジネスマンのスキル格差を語る際に、行動力格差という言葉がよく出てきます。1990年代は知識格差、2000年代は情報格差、そして2010年代は行動力格差だそうです。

日本にMBA教育が根ざしていなかった1990年代には、米国のMBAで知識を多く得ているビジネスパーソンが重宝されました。逆に、日本のものづくりの知識を、欧米諸国がこぞって我が物にしようと学んでいたのもこの頃の話です。1990年代は、まだまだ国家間の知識流通が潤滑に行われていなかった為、知識の移転だけでも十分に価値がありました。

2000年代に入ると、インターネットによる情報革命が起こります。もちろんインターネットという技術は1980年代からありましたが、本格的に一般人のレベルにまで広がったのは、ブロードバンドが普及した2000年代です。インターネットの日本国内での普及率は2000年の30%台から始まり、2009年には80%に迫るところにまで成長しました。その間に、日本国民が総じて情報をインターネットを通じて得ることに馴染んでは来たものの、個人的な情報技術活用のスキルレベルはマチマチであり、そこに情報格差という名のスキル格差が存在したのです。

そして、2013年現在。

既にインターネットを利用しさえすれば、世の殆どの情報に対してアクセスできることは、ほとんどのビジネスマンにとって既知の状態になっています。商品情報や顧客情報、経営や会計、法律、ITの知識、その気になれば何でもインターネット上で入手可能です。スマートフォンタブレット等のユーザーインターフェイスも充実したので、だれでもどこでも情報にアクセスが可能となり、ユーザーのリテラシーの格差による情報格差はなくなってしまったと言って良い状況です。

そこで現れてきたのが行動力格差という言葉です。知識や情報による格差は既に科学技術により埋まってしまいました。それならば、行動力という人間の意思が反映するビジネスリテラシーによって格差を生み出そうとしているわけです。

確かに、行動力というものは個人差がでます。なぜならば、行動というのは実に億劫な存在だからです。「知っていると出来るということは違うことだ」とはよく言ったもので、成功する方法をなんとなく書籍等で読み知っていたとしても実行に移さないということは古今東西人類の大多数が体験したことのある事実でしょう。

確かに、この人間にとって億劫な「行動」という存在が、知識や情報が満たされた時代だからこそ再度クローズアップされるのはわかるような気がします。

行動するということは、当然失敗のリスクを伴います。失敗のリスクは行動量が少ない場合と同じだとしても、失敗の絶対量は増えていきます。もし「半沢直樹」のように、一度の失敗で島流しというような環境にいるならば、できる限り行動はせずに大人しくしている方が身のためですが、現実の世の中はそんなに捨てたものでは無いはずです。

行動量を増やすことで、失敗の絶対量は増えますが、当然のことながら成功の絶対量も増えます。成功をやり直して失敗に向かうというベクトルは働きませんが、失敗をやり直して成功に向かうというベクトルは、いくらでも向けることが出来ます。したがって、失敗から学び新たな行動さえ起こすことができれば、必ず成功率のほうが逓増していくのです。そこが行動量を増やすことのほんとうの意味です。行動が少ない場合と行動が多い場合、成功の確率は一定ではなく、失敗から学んで再チャレンジする行動を取ることができれば、確率をも凌駕するということなのです。

それでは本題の、営業マンの行動力格差について論じてみましょう。

営業の行動格差は見込み顧客リストを作るためのアプローチ件数格差です。営業マンに限らず、全ての営業活動は見込み顧客の数を極大化することを目指すべきと考えます。

例えば、見込み顧客数が500人でクローズ率が40%の場合と、見込み顧客が300人でクローズ率が50%の場合を考えてみましょう。極めて単純な計算で、顧客になってくれる数は前者が200人、後者が150人となるのは誰が見ても明確です。通常、質において数十%の差をつけるということは実に難しい数字ですが、アプローチ顧客数を1.5倍にすることは、訪問数やアプローチ数を1.5倍にすることを意識すれば必ず達成可能です。

もう一つ明確なことは、クローズ率は百分率ですから100%を超えることはありません。繰り返しになりますが、どれだけ研鑽しても100%を越えるクローズ率はありえません。今回の場合で言うと50%のクローズ率はどう頑張っても2倍の100%以上になることはないのです。しかも、全ての見込み客をクローズするというのも現実的ではありませんから、実際のクローズ率はどんな営業でも一定の確率に収斂するはずです。

すなわち、顧客へのアプローチ数は、努力と根性と効率化により極大化出来ますが、クローズ率は一定以上のところで必ず頭打ちするということです。したがって、まずは訪問件数を極大化することを目指して努力と根性で2倍の行動を取ることが、目標達成のために必ず必要となります。

と、多くの営業コンサルタントが声高に主張されているようですね。私が営業マンだった頃に最も嫌っていたいわゆる「根性論」です。

しかし、現在は広義で言うと同じ営業コンサルタントという職業についていますので、一定数の数をやり続けるということの重要性はきちんと理解しています。ただし、それはある条件をつけての場合になりますが。

その条件というのは、1つ目に見込み顧客が無尽蔵と言ってよい生命保険や車などの個人向け営業の場合です。訪問すべきお客様の数が訪問しきれないくらい多い場合においては数の極大化を目指すことで売上が比例して伸びていきます。

2つ目は、これまたものすごい量が存在する商店やショップに対して消耗品や広告など、どこの組織でも使われるようなものを販売する場合です。この業界の代表的な営業活動といえばリクルート社の営業ですね。彼らは飛び込みで商店をまわり、見込み顧客の極大化を目指しています。その活動方針は間違ってはいないと思います。

こういった業態の営業は、ひたすら分母となる見込み顧客を増やすために、体力に任せて電話アポイントや飛び込み訪問をするべきなのかもしれません。質はともかく、アプローチ数を増やすことで絶対的な見込み顧客数を増やすことができるからです。

しかし、BtoBの場合は必ずターゲットとなる業界が有ります。そのターゲット業界内のターゲット顧客の数には限界があります。例えば、自動車のワイヤーハーネスを作っている会社の見込み顧客は無尽蔵に増えるでしょうか?見込み顧客の数を増やすことで売上が上がるでしょうか?大規模流通業向けのWMSのシステムを販売している会社のターゲットは無尽蔵にあるでしょうか?おそらくはある程度数に限りがあると思います。

また、BtoBの営業を行っている企業では、明確に担当者ごとに顧客を割り振っているケースが多くなっています。 限られた数の担当顧客を割り振られた営業マンに、アプローチする顧客数や訪問数を極大化しろなどという短絡的な指示やコンサルティングを行うのは愚の骨頂でしょう。

toBの営業活動においては、必ず数の増加と質の向上は両軸で進めなければなりません。当然決まった数のお客様の中で、足繁く通うことに価値を感じてくれるお客様もいるでしょう。したがって、一定数の訪問は担保しなければならない。とはいえ、だからといって2倍訪問したから売上が2倍になるということは少々考えにくいのですが。

結果を2倍にするには、質を上げることにも重点を置かなければなりません。BtoBの場合は、決まった数の顧客から限られた数の案件が発生し、専門の購買担当者に対して質の高いアプローチをする必要があります。なぜならば、予算は無尽蔵ではなく、買う側もその道のプロなので、生半可な知識では相手にしてもらえないからです。無尽蔵に顧客を増やすことのできる個人向けのセールスとはそもそものところで存立条件が異なっているのです。

結論として、営業マンの行動力格差を考えるに際しては、座学やOff−JTなどで、きちんと営業やマーケティング、購買や財務などの知識を入れてプロである相手を納得させるスキルを身につけることが格差になるのです。

このように考えてみると、BtoBの領域の営業活動に現れるのは、行動力格差だけでなく知識力格差の側面もありますね。冒頭に申し上げた格差の進化が正しいとするならば1990年代に逆戻りするように見えます。

では、1990年代に逆戻りして知識力格差を利用した活動で果たしてうまくいくものでしょうか?答えは完全に否でしょう。BtoCと異なり、BtoBの世界は相手もプロです。知識は既に十分に流通しています。

では、どうすれば営業としての価値を出していけるか、その答えはお客様の問題解決の為の様々な知識の組み合わせの最適解を、状況に応じて瞬時に考えだす『仮説構築力』の部分の強化です。

すなわち、『仮説力格差』とでも言える能力が、BtoBにおける営業活動の明暗を分ける要素となります。

言い換えると、お客様の問題解決を「こうしたら実現するのではないか?」という最も確からしい解を、商談のその場で自社商品と絡めて、説得力を持ってお客様に話のできる対応力が求められるのです。これは中々ハードルが高い。とはいえ、これが出来ない営業に存在理由はありません。会社から渡された説明資料による単なる商品やサービスの説明は、「御社のホームページに載っていますよね」で一蹴されてしまうからです。

では『仮説力』を鍛えるためにどうしたら良いのか?

それには3ステップあります。

1, ビジネスパーソンとして『仮説』を立てるのに必要な知識を持っていること。

toBの場合は顧客もビジネスパーソンですから、顧客の問題を解決する手立てを、顧客を上回って構築しなければならないことを考えると生半可な知識ではいけません。知識力格差の時代は確かに終わっていますが、インターネットで調べてわかる知識と、実際の問題解決のために頭の中で自由に組み合わせることのできる知識では質が異なります。いわゆるビジネスの基礎体力となるファイナンスやマーケティング、基礎的なフレームワークは当り前のように使いこなせるレベルにまで精通している必要があります。購買担当者の方が使いこなせる知識の幅が広い場合、立てられる『仮説』の矮小さを指摘され一蹴されることでしょう。

2, 知識を元に顧客の問題解決となる『仮説』を妄想することを習慣とすること。

新聞の記事でも雑誌の記事でもなんでも構いません。現在起こっている事実が将来どうなっていくのかを妄想することです。その際に忘れてはならないことは、その妄想に対して「なぜならば」という自らが考えた確からしい理由を考えておくということです。妄想を『仮説』にまで昇華させるのには、データを集めたり実際にヒアリングをするなどのプロセスを経る必要があるのですが、妄想をするだけならばタダでいくらでも出来ます。この思考訓練が、営業活動を高度化させるのです。

むろん、様々な顧客を訪問する前に、困り事とその解決方法を妄想することを忘れずに。可能であれば、その妄想を上司や同僚に聞いてもらうことができればベストでしょう。

3, 立てた妄想を持って出来る限り数多くの商談をこなすこと

数多くの商談をこなすことの目的は、妄想の答え合わせを行うことと、妄想〜答え合わせによるケーススタディを、より多く手に入れることです。知識拡充と思考訓練という一人よがりになりがちな行為を、実際の場で答え合わせをすることで、記憶にとどめることができます。

受験生時代に行った一問一答をちょっとした訪問ごとに行うわけですね。そうすることで問題解決思考の質が上がり、ケーススタディが蓄積されるのです。

ここで再び数多く商談するという「行動力」をベースとした考え方が浮上してきます。BtoB営業における行動力格差は、単にたくさん訪問するという短絡的なものではなく、学習と思考がきちんと行われた上での行動を如何に数多く行えるかという点であることを声を大にして申し上げたいのです。単に根性論で客先に大量訪問しなさいという指示であってはなりません。

ビジネスにおける行動力格差は、人間の「行動するのが億劫である」という基本的な怠惰に付帯して、自分を如何に律する事ができるかというマインド面の格差であることは冒頭に述べました。そして、その行動力格差論の正当性も論述しました。その行動力が営業というシーンにおいても絶対的な存在であることはやはり覆せない事実のようです。

toB営業には数と質のどちらも大事と申し上げましたが、数と質の強化は平等に行うことが正しい訳ではないようです。なぜならば、数の強化が質の向上よってもたらされることはあまりありませんが、質は数をこなしケーススタディを積み上げることで確実に向上していくからです。とはいえ、基礎的な知識の拡充と思考の訓練がされていない人間がいくら数をこなしても、ことBtoBの営業領域においては意味がないことは言うまでもありません。従って、行動量の確保と質の向上は3:1くらいの感覚で行っていくことが最適なのではないかと考える次第です。