【第4回】クレーマーから逃げずに対応することが最大のクレーマー対策
第190回NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(2012年8月20日放送)でも取り上げられたカリスマ駅弁販売営業所長の三浦由紀江氏。10代〜60代まで、110人のパート・アルバイトを束ね、所長就任4年で売上を1億1000万円アップさせた。しかも4年目は東日本大震災があった。東北新幹線という大動脈を命綱にする大宮駅の駅弁販売がメインだけにこの痛手はあまりにも大きい。だが、この逆境にもめげずに、1本370円のミネラルウォーター「はやぶさウォーター」を“復興の旗印”と自ら考案。震災後の売上4割減のピンチを救う起死回生の一打になった。
このたび、『時給800円から年商10億円のカリスマ所長になった28の言葉』を刊行し、駅弁販売現場で数々のモンスタークレーマーと対峙した三浦氏に、クレーマー対策のコツを聞いた。
■かわいい部下をクレーマーの前に立たせるわけにはいかない
いまは「1億総クレーマーの時代」などと言われています。
接客の仕事をしていると、詐欺師やクレーマーに出遭うことがあります。
詐欺師やクレーマーへの対応が得意だという人はあまりいないのではないでしょうか。実は私もその一人でした。
パートとして働き始めたばかりのころ、女性の詐欺師に出遭ったことがあります。
4000円のお釣りを渡すと、1000円札1枚を手さげ袋にさっとしまい、「あれ?お釣りが1000円足りないよ」とすごんできました。
私は足が震えましたが、勇気を振り絞って、
「いま手さげ袋に入れたじゃないですか。ちゃんと見ていましたよ」
と反論しました。
「ふざけないでよ。入れてなんかないわよ!」
「それなら袋を見せてください」
押し問答がしばらく続きましたが、しばらくすると女性はあきらめ、「この女ギツネ!こんな店、2度とくるもんか!」と吐き捨てるように立ち去りました。
でも、しばらく足の震えは止まりませんでした。
それ以来、私のなかに詐欺師やクレーマーに対する苦手意識が生まれました。
でも、所長になったら、そんなことは言っていられません。
あるとき、レストランでコーヒーを自分でこぼしたお客様が、女性スタッフの対応が気に入らないと文句を言ってきたことがありました。
女性スタッフの様子を見にいくと、目を真っ赤に腫らしながら「ご迷惑をおかけしてすみません」と謝ってきます。
「あなたのせいじゃないから大丈夫」と声をかけ、お客様のところへと向かいました。
私がお詫びをするとお客様は、「あの女をもう一度連れてこい!」と怒鳴ります。
その瞬間、覚悟が決まりました。
「かわいい女の子をクレーマーの前に出せるわけがない」と。
■クレーマーから逃げずに対応することが、最大のクレーマー対策
そこからはお客様に何を言われても、
「彼女の責任ではありません。私どもの教育が至らなかったのが原因です。お客様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と謝り続けました。
1時間頭を下げ続けた結果、お客様はあきらめてその場を立ち去り、一件落着しました。
でも、同時に妙な笑いがこみあげてきました。
「あのお客様は何のためにこんなに時間を使っているのだろう。こんな時間の使い方しかできないなんてすごく不幸だな」
と思ったからです。
担当部長は、
「そのくらいの気持ちでないとクレーマー対応はできません。おかしくて笑ってしまったのは、三浦さんが逃げずにがんばった証拠です」
と言ってくれました。
「ものすごく嫌な思いをしたら、おかしくて笑ってしまう」という体験をしたのをきっかけに、クレーマーから逃げたいという気持ちは一切なくなりました。
不思議なことに、ビクビク逃げ回っているときはクレーマーがくるのに、逃げなくなったらクレーマーは現れませんでした。
この一件で、「クレーマーから逃げずに対応することこそ、最大のクレーマー対策なんだ!」と勉強したのです。
■私がいたら全部引き受ける。でもいなかったら、社員がパート・アルバイトを守って!
私はスタッフ全員に、クレーマーから逃げないことの大切さを伝えました。
社員にはもちろん、売店に立つパート・アルバイトにも「とにかく逃げないで『申し訳ございません』と頭を下げなさい」と常日頃から言いました。
とくに社員には、
「私がいたらクレーマーは全部引き受ける。でもいなかったら、パート・アルバイトを守ってちょうだい。逃げずにがんばったら、最終的には笑ってしまうくらい面白くなるから」
と自分の体験を伝えました。
その結果、クレーマーから逃げる社員はいなくなり、みんながんばって対応するようになりました。
こうしてスタッフ一丸となってクレーマー対応をしていると、クレーマーはあまりこなくなりました。
この店ではどんなに粘っても無駄ということに気づいたからでしょう。
■自分からは話さず、「おうむ返し」を
大宮駅の「駅弁屋旨囲門」に、
「駅弁の容器の後ろに穴があいていたぞ。腐っていて食べられなかったから代金を返せ」というクレーマーがきたことがありました。
「駅弁屋旨囲門」のスタッフから連絡をもらい、私はすぐにかけつけました。
クレーマーは悪びれもせず、
「駅弁が腐っていて食べられなかったけれど、現物は捨ててしまった。レシートは持っていないけれど、1500円の弁当を2つ買ったから3000円を返せ」
と言います。私は相手の発言をおうむ返しにしました。
「駅弁の容器に穴があいていて食べられなかったんだよ」
「穴があいていて食べられなかったんですね。それは申し訳ございませんでした。で、現物はどうされたんですか?」
「腐った弁当なんて持ち歩いているわけないだろう」
「そうですよね。腐ったものは持ち歩かないですよね、申し訳ございません。それではレシートはお持ちですか」
おうむ返しをすれば会話の速度が遅くなり、相手のペースに巻き込まれることがありません。すると、
「レシートはもらわなかった。腐ったものを売っておいて、レシートがなかったら返さないのか」
と言ってきたので、
「いえいえ。腐ったものを売ったなら、レシートをお持ちじゃなくても返金させていただきます。それにお客様がお持ちにならなかったレシートは1週間、お店のほうで保管してありますから大丈夫です。いま、お調べしますね」
と答えました。
■とことん追求して「この店は手強い」と思わせる
話が核心部分に突入すると、クレーマーは少し焦り始めます。
レシートを調べられると困るので、
「いや、レシートはもらったけれど、捨てちゃったのかもしれない」
と、あやふやなことを言い始めました。
そんなクレーマーを見て、少し余裕が出ました。
「レシートを捨ててしまっても大丈夫ですよ。販売データが残っていますから、データのほうをお調べします。何時頃、どのお弁当をお求めいただきましたか」
と追い打ちをかけます。
クレーマーもあとに引けなかったのでしょう。
「時間がないからそんなに待つことはできない、商品の名前も忘れた」
と言い始めました。
ここまでくると、もう相手の負けは見えてきます。
でも、そこで手を緩めてはいけません。
とことん追求して「この店は手強い」と思わせなければ、またいつか同じことをするからです。そこで私はさらに、
「現物もなくて、レシートもない状態では、いくら責任者の私でもすぐに代金をお返しすることはできません。すぐにデータを調べますので、ちょっとお待ちいただけますか」
と断り、商品の名前を忘れたのなら、売店に並んでいる商品を見て思い出してほしいとお願いしました。
そもそもクレーマーは駅弁なんか買っていませんから、そう言われても商品を指差すことなんかできません。そこで私は、
「もう一度確認いたしますが、どんな容器に穴があいていたんですか」
と尋ねました。
するとクレーマーは苛立ちながら、
「プラスチックの容器の後ろに穴があいていたって言っているだろう。何度も言わせるな」
と怒鳴りつけます。私は、
「それじゃあ、こちらの商品ですか?」
と適当な駅弁を指差しました。クレーマーはホッとしたように、
「そうだ、これだよ。この駅弁を2つ買っていったんだ」
と言います。
それを聞いて私は少し余裕が出ました。そしてクレーマーに、
「そのお弁当は容器の後ろが厚紙になっているんですけれど。どんな穴があいていたんでしたっけ?」
と、とどめを刺したのです。
クレーマーは「もういいよ」と捨て台詞を残して去っていきました。
こうした経験は体系化してすべてのスタッフと共有し、対応トレーニングも行っています。
そうすることで、気持ちのうえでも逃げずに対応することができるようになってきたのです。