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相場英雄の時事日想:“カワイイ”が自然を殺す、北海道で見た人間の残酷さ

キタキツネ」といえば、北海道の野生動物のひとつとして有名だ。野生動物なので、本来、人間とはあまり遭遇しないものだが、筆者の相場氏はクルマを運転中に出会った。しかもその姿を見て、違和感を覚えたという。その理由は……。
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール
1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブ外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、『震える牛』(小学館)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo

 今月初旬、新作漫画の取材のため、私は北海道を自家用車で走り回った。ウマい食べ物や広大な自然を満喫する中、1つだけ強烈な違和感にとらわれた瞬間があった。違和感の根源は、キタキツネ。北海道観光のガイドブックなどでお馴染みの野生動物だが、彼らの姿を通して、私は人間の残酷な一面を垣間みた。道民の皆さんには馴染みのある話題かもしれない。だが、1人の旅行者として大きな驚きを感じたので記してみる。

■人をおそれぬキタキツネ

 キタキツネと遭遇した日、私は知床半島の宿を発ち、次の目的地である釧路湿原を目指してハンドルを握っていた。北海道北東部の山道を経て、一大観光地である屈斜路湖の周辺を走っていたときだった。道路脇に小動物が見えた。

 自家用車のスピードを緩めると、動物がゆっくりと動きだす。キタキツネの子どもで、豆柴と同じくらいの大きさだ。

 後続車がないことを確認した私は、ハザードランプを灯し、停車した。すると、子狐がどんどん近づいてくる。

 テレビや観光ガイドブックで見た光景が目の前にある。そんなことを考えていると、子狐が一段と距離を詰め、あっという間にクルマのドア横までたどり着いた。観光ガイドの類いに、こんな注意書きがあったことを思い出す。

 「キタキツネにはエキノコックスという寄生虫が存在するケースが多い。キタキツネを媒介してエキノコックスが人間の体内にも入り、長期間かけて寄生虫が肝臓などの臓器を食い破る」――。

 クルマの窓を開けて子狐を見る。もちろん、触ったりはしない。この間、東京で知人に預けてきた愛犬のことが頭をよぎる。ちょうど体の大きさは同じくらい。人なつこそうな目線もどこか似ている気がする。だが、眼前にいるのは、紛れもない野生動物だ。

 同時に、子狐と目があった瞬間、私は強烈な違和感に襲われた。目の前にある光景は、自然と人間が近いということではなく、人間がキタキツネを手なずけてしまった結果だと悟ったからだ。

 利口な子狐はエサをもらうため、国道に現れた。停車した私からもエサがもらえるものだと判断していたのだ。全く人間とクルマを恐れる素振りがない。子狐を驚かせぬよう窓を閉め、クルマをゆっくりと発進させた。ルームミラー越しに見ていると、後方から中型の観光バスが見えた。

 バスは私と同じように停車した。だが、次の瞬間、数人の観光客が窓からなにかを投げたのが見えた。スナック菓子か、あるいは果物か。判別はできなかったが、子狐は懸命に路面に落ちたエサを追っていた。

■冬を越せない

 キタキツネと遭遇した日の夕刻、私は釧路湿原に近い民宿に入った。ロビーの書架には、湿原の野生動物を撮った写真集が入っていた。女将さんにこの日接した事柄を話してみた。話を切り出した途端、女将さんが顔をしかめた。

 「お客さんみたいに感じてくれる観光客は残念ながら少数派です」

 聞けば、この宿に泊まる客のうち、相当な数の人がキタキツネに遭遇した際、エサをあげてしまうのだという。

 「キタキツネは本来肉食性なので、スナック菓子やおにぎりで体を壊してしまう個体が多くて」

 本来、キタキツネは野鼠などを食べているという。だが人間が食べるスナック菓子は塩分や糖分が強く、キタキツネにとっては下剤に近い刺激の強い食物だとか。

 「疥癬(かいせん)と言う皮膚病にかかって、毛が抜けてしまうキツネが最近急増中です」

 この病気にかかれば、毛が抜け落ち、やせ細ってしまうという。

 女将さんの表情がさらに曇った。私が道東を訪れたのは8月初旬。首都圏は連日猛暑日を記録していたが、この地は20度程度。朝晩は15度以下になる。冬はいうまでもなく氷点下であり、マイナス20度超の日が続く。

 こうした過酷な冬の時期に、毛が抜けてしまったキタキツネがどうなるかは想像に難くない。私は撮影した写真を女将さんに見てもらった。

 「病気になりかかっているようですね」との答え。

 女将さんが子狐の尻尾を指し、言う。

 「キタキツネの尻尾は本来、太くてふさふさしているんです。でも、雨中で毛がしぼんでいることを割り引いても、この子の尻尾は明らかに細い」

 全国各地の観光地で、ニホンザルやキツネ、あるいは鹿などに興味本位でエサを与える人は少なくない。だが道ばたに、無警戒で動物たちが現れることは、不自然極まりないことなのだ。この他にも、釧路に住むベテランのネイチャーガイドからもこんな話を聞いた。

 「この辺りのキタキツネはクルマを恐れなくなった。観光客なら物珍しさからスピードを緩めるが、地元民は緩めたりしない。接触事故で死ぬ個体も増えている」

 カワイイ。

 キタキツネを目にした瞬間、ほとんどの人がそう感じるはずだ。クルマに寄ってくれば、なにかをあげたいという気持ちにもなるはず。だが、その行動自体が、野生動物をゆっくりと殺す行為であることを改めて感じてほしい。

 細くなってしまった子狐の尻尾の写真を見つめていると、女将さんが地元紙のスクラップを見せてくださった(下段参照)。旅の思い出にエサを上げる……これが野生動物と自然を殺すことになる。キモに銘じてほしい。

(参考記事)
北海道新聞 (夕刊) 1999年(平成11年)9月24日(金曜日)

文化  今日も狐日和 − 竹田津 実 −

このシーズンも又、自分が自由にできる時間のほとんどをキツネに使ってしまった。キツネを追い始めて35年がとっくに過ぎようとするのに、なんという体たらくと、相手のいいなりになる我身に、ほんの少し腹を立てている。いつの頃(ころ)からか私はキツネにうまく使われていると思うようになっていた。
観察を始めてからの数年間、キツネはひたすら私の視界の中には登場するもんかという意志を示し続けた。
やっと見つけた観察には最良の場所に住む家族は今日から本格的にと考えたその朝、さっさと引越しをしてしまったし、冬から時々餌(えさ)をあたえてきげんをとっていた雌個体は子供を生んだ直後に交通事故であっさりあの世とやらに行ってしまった。
そこでとうとうある年、もう今年はキツネを観察(み)るのはやめようと決めた。その直後、「先生、よくなれたキツネがいますよ」とお百姓さんのSさんから電話。
出かけてみると、この雌個体はなんと玄関だけではなく奥座敷までみてくれと言ったのである。私はわずか半年でキツネのほとんどをみせてもらったと思った程である。でもそれで終わり。それから数年、キツネたちは・・・ハイ、ここまでヨ−、とばかりそれ以上の世界はみせてくれなかった。
そうなると全てに飽きっぽい私は、「これまでだナ−、そろそろ別な種をのぞくか」と思ってしまう。
ところが敵はその時を待ってましたとばかり「こんな生き方のキツネもいます」と、一夫多妻の一家を目の前に登場させたのである。
「へえ−、こりゃ面白い」などと喜んで数年たつと、それも見慣れた風景となり、ついつい隣の芝生が気になり始める。
するとまた、また待ってましたとばかり、今度はヘルパー軍団を登場させるという作戦をキツネ達はとったのであった。
かくしていつの間にかというより、とうとう35年も付き合わされているのである。
・・・で君はここ数年何をやっている、と聞かれると、「死をみつめている」と答えることにしている。
数年前、東京で「キツネを追って30年」という写真展をやった。友人達が集まって小さな・・・というより私にとってはとても大きなパーティーをやってもらった。そしてこれもよくある話だが、いろんな人々から「ごくろうさん」といった意味の挨拶(あいさつ)をいただいた。その中に、「まさか次は40年・・・というのをやるつもりじゃあないだろうな・・・」といったものがあった。むろん、私自身もう十分という気持ちであったし、何度かの浮気でキツネたちにもその都度登場させる駒(こま)が不足気味だということを感じていたので「・・・もう終わりです。次はカラスをやります」と宣言した程だった。
ところがそれを聞きつけた敵が最初の切り札ともいうべきものを用意したのである。
昔からよく使われる「死んでやる」というのをキツネたちが演じ始めたのだった。それも誰か代表を送り込んでみせるのではない。全員が出演者になろうとしているように見えるのである。
普通、交通事故は別にして、私たちは野生動物の死をみる機会は少ない。なのにここ数年、多くの地で「キツネが死んでいます」という報告、それも道路ではなく多くが倉庫や牛舎、豚舎の中で発見されている。
ほとんどの個体が体毛はボロボロとなり、皮膚は厚いカサブタでおおわれ、顔は変形し、「お化けみたい」な姿で死んでいる。
疥癬(かいせん)病。ヒゼンダニの一種が原因の寄生虫病だ。ダニが皮膚の中を食い進み、トンネルを全身に造るという、キツネにとってはすさまじい症状を呈する重い疾患なのである。
トンネル状になった皮膚は当然のことながら毛がぬけ、細菌の感染を受けて衰弱・・・やがて死へとつながってゆく。死体が牛舎や豚舎で発見されることが多いのは脱毛したために暖かい場所を求めてたどりついた所なのだ。
原因が人間のほんの小さな行動、それもやさしさからだと分かって私たちは息をのんでいる。
キツネが道端に出てくる。「やあ、かわいい」と誰かがつぶやき、車を止める。相手はじっとこちらを見つめている。何かないかなとポケットをさぐる。バッグの中には・・・。「あった、あった。これをあげよう」といって窓からパッとなげた。キツネが近づき、うまそうではないが食べる。車の中の人は「うん、今日はいいことをした」と幸せな気持ちになってアクセルをふかせる。唯(ただ)それだけの話。
だが彼等の死の多くの原因がここにあった。
与えたものが多くはスナック菓子であったことである。キツネは肉食動物。肉食動物にとってスナック菓子の甘さは適度な下剤となる。毎日下剤を与えられた動物がいかなる運命をたどるか。答えは明白であった。
自己の免疫が低下し、結果として体は寄生した虫たちの天下となるのである。まず観光地のキツネたちが消えた。そしてそれはジワジワと周辺に広がっている。
食べられる。だが食べ物ではない・・・物を与えられた生命の行く末を「お前はちゃんと見ろ!!」と彼等は私にいっている。「それはやがてお前さんたちもたどる道ではないのかね」と言いたげでもある。
35年間みつづけた私のフィールドのキツネの数は今年四分の一になってしまった。