さんぽ

環境関連、武術、その他、気になったことをつれづれに。

「ツイていない自分が変わった」きっかけ分析

PRESIDENT 2011年8月15日号
著者 心理学者、臨床心理士 植木理恵
■勉強のしすぎがチャンスを逃す

ツキを呼び込むために今すぐできる、とても簡単な方法を教えましょう。それは「勉強をやめる」こと。勉強に精を出せば知識が増えて仕事力がアップし、会社では出世して収入が増える、家庭も円満で、この上なく幸せ……そう考えるのはとても健全ですし、否定するつもりは毛頭ありません。

しかし試験前の学生ならいざ知らず、ビジネスマンにとってインプットのしすぎは頭を悪くするだけ。本当に大切なのはアウトプットのほうなんです。

頭のいい人と聞くと、図書館に本がずらりと並んでいるように、脳内に知識がみっちりと詰まっている様子を連想しますが、実はそうではなく、せいぜい本棚が5つから7つくらい。逆にいえばそれしか本棚がないから、整理整頓が行き届いて、必要な本を素早く取り出せるのです。

チェスや将棋の名人の思考パターンを調べると、彼らの必勝法も5パターンくらいに集約できてしまうそうです。ところが下手な人は勝ちパターンをいくつも知っているけど、タイミングよく使うことができない。

勝てるかどうか、ビジネスマンでいえば仕事ができるかどうかは、記憶力のよし悪しではなく、実は想起力、思い出す力にかかっているのです。

だから、もしあなたが「こんなに勉強しているのにチャンスが巡ってこない」とジレンマを感じているのなら、1度インプットをやめてアウトプットに着目してみてください。毎日勉強するのをやめて、代わりに月に1度のセミナーに出席する、あるいは時間をかけて1冊の本をじっくりと読み込んでみる。併行してそこで覚えたことを人に話す機会を増やす。そんなやり方でいいと思います。

あとは知識のフォルダを5つくらいにまとめてしまうこと。営業の仕事をしている人ならば、自分のこれまでの仕事を振り返って勝ちパターンを5つに分類し、それを今後の仕事に応用するといったことを心がければいいと思います。

ところで「ツキ」とはいったい何でしょう。それを究明しようと、米国のバスケットボールチームを対象に行われた面白い調査があります。

選手たちの間ではシュートがやたらと決まる状態を「ホットハンド」、何回やっても入らない状態を「クールハンド」と言うのですが、これは自分にツキがきてる・きてないの言い換え語。それで心理学者がホットハンド、クールハンドは本当にあるのかと調べに調べ、統計上そんなものは「ない」という結論を導き出しました。

■成功する人が統計を信じない理由

しかし当の選手たちにその結果を伝えると、成長めざましい一流選手ほど、「それが何だ? 俺にはあるんだよ」と、その話を一蹴したそうです。

これは統計や学問がどうあれ、自分の経験値を信じ、自信と信念をもって取り組む人は強いということを示しています。実際、貧乏な経済学者やファイナンシャルプランナーは大勢いますから、学者の言うことなんて、あてにはならない。ああ、これはほとんど自己否定ですね(笑)。

知識より心を強く持つことがツキを呼ぶ、そんなふうに捉えてもいいと思います。書店だって8月の暑いときには本が売れないと嘆いていますが、それでも諦めずに額に汗して売ろうとすれば売れるかもしれないじゃないですか。統計よりも自分に合った「サクセス・ルーティン」を確立することが大事なんです。

例えばマリナーズイチロー選手も、試合のある日は、朝ご飯に何を食べるかから始まって、打席に立つ前に素振りを何回するか、打席の入り方をどうするかとか、ルーティンを非常に細かく決めているそうです。ここで重要なのは、自分が成功できる条件を、1つではなく複数用意しておくこと。唯一無二の必勝法なんてそう簡単に見つかるものじゃないですから、心身ともに自分のコンディションを整える方法をしっかり研究し、複数の方法を組み合わせておくといい。

日常語で「価値観」というと多種多様な信念を指しますが、心理学用語の価値観はそれとは少し異なり、「こうやったらうまくいく」という信念を指します。そしてその価値観は3種類に分類されます。1つは「方略主義」。つまりストラテジーを整えて要領よく進めれば成功するという信念。2つ目は「物量主義」で、打てなかったら素振りの回数を増やす、仕事を受注したかったら客先に日参するというコツコツ型。3つ目は「朱に交われば赤くなる」の例えで示される「環境主義」で、いい学校に通ったり、成功している人たちの中に身を置けば、自分もサクセスに近づけるという考え方です。

■3種類の価値観を同時に採用する

そして多くの人たちは、この中のどれか1つだけを信念とし、ほかの2つは認めずに排除してしまう傾向があります。例えば「モテたい」と思っている場合、方略主義の人はモテ本を読みまくってストラテジーを立てる。物量主義の人は毎日花束を持っていく。そして環境主義の人はお医者様の集まる合コンだけ選んで出るとか、三者三様のやり方にこだわります。そしてそれでうまくいかなくても、他のやり方を試そうとはしません。

ところがごく少数の人たちは、この3種の価値観を自由に取り入れて使いこなし、結果的に天才と呼ばれる存在になっていく。イチローも松井も、ストラテジーを立てて猛練習をし、一流の環境を求めてメジャーリーグに進出していったでしょう? そんなイメージです。

もちろん人の価値観は性格とも密接に関連します。性格を変えるのは難しいけれど、増やすのは難しくないので、こだわりを捨てて他の価値観も取り入れてみるとよいと思います。

最後は自分に自信がもてるように自己暗示をかけることです。ちょっとしたきっかけでトントン拍子に出世したり、これといってパッとしないのに人も羨む美人と結婚した男性など、「ツイてる」人は皆さんの周りにもいるでしょう。そうしたツキを呼び込むのは、ひとえに本人の自信にほかなりません。自信があるからチャレンジングな課題にも果敢に取り組んで結果を得る。そういうことです。

心理学者のロバート・ローゼンタールは実験のために、小学生のクラスで無作為に5人を選び出し、担任の先生に「この子はすばらしい才能を持っている。将来天才になります」とデマを吹き込みました。すると驚くべきことに、1年後にはその5人全員のIQが群を抜いて向上していたのです。

これにはやはり理由がありました。担任の先生が「この子ならできるはず」と他の子供より難しい問題を与えたり、答えを気長に待ったり、結果的に効果的な学習となるような接し方をしていたためだと判明したのです。

誰かに対して期待を寄せると、寄せた人は期待が叶うようなサポートを心がけ、期待された側もそれに応えようと行動します。結果として「願えば叶う」が実現されるのです。この「願えば叶う」ことをギリシャ神話に重ねて「ピグマリオン効果」と呼びますが、ピグマリオン効果は自分でも演出することができます。

簡単な方法としてはメールソフトの中に「ハッピーフォルダ」をつくることでしょう。日本人は面と向かって褒めるのは苦手ですが、メールでは褒め上手ですよね。そこで誰かに褒められたメールや感謝の言葉が並んだメールだけを集めて1つのフォルダにまとめ、折に触れて眺めるのです。そこには客観的な自分の長所が書かれていますから、イタい勘違いではなく、正しい方向に自信を深めることができます。これは私も実践していて、見ながらついニヤニヤしてしまう。他人の言葉は力がありますから、ピグマリオン効果を高めるにはもってこいですね。

イケイケの時代が過ぎ、今のような停滞した時代にあって、誰もが「変わりたい」と思うのはよくわかります。前述したように、性格を変えるのは難しいけれど、性格や行動パターンを「増やす」のは難しいことではありません。価値観を増やす。ハッピーになれる方法を増やす。それがツキをつかんで自分が変わるターニングポイントになるのではないでしょうか。

ツイてる人が実行している4カ条

1.情報のインプットをやめる
2.サクセス・ルーティンをつくる
3.“価値観”のパターンを増やす
4.ハッピーフォルダをつくる