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第2回 「手抜き」こそ仕事だ。医師である私があえて断言する理由

第1回では優先順位をつける「トリアージ」の考え方を紹介しました。優先順位をつけたら次は、ここぞ!というときのために準備をしましょう。いきなりやってくる緊急事態(しかも重大案件)に焦らず最大の力を出すためには、日常の備えが必要。ここでのポイントは「手抜き」です。

■毎日は「いざ!」というときのためにある

 私は医師として、「『いざ!』というときに最大のパフォーマンスが出せるよう、あらゆる準備をしておく」ことは、最も大切だと考えています。当然ですが、いつ緊急オペや判断の難しい診断案件が飛び込んでくるかは、事前に予想できません。その「予想できないこと」が起こったときに、最高のパフォーマンスが出せるようにするためには、普段から準備をしておく必要があるのです。

 つまり準備とは毎日の生活そのもの。朝起きてから夜寝る前に至るまで、生活のすべてが「いざ!」というときのためにあると言っても過言ではありません。

 これはビジネスにおいても同じだと思います。仕事のパフォーマンスは「はい、今上げて!」と言われて上がるものではありません。アスリートと同じで、普段のトレーニングが大会の成果につながるのです。

■手抜きこそ仕事だ

 それでは、どうすれば「いざ!」というときにパフォーマンスを出すことができるのでしょうか。こう書くと、誤解をされてしまうかもしれませんが、あえて言います。それは「手抜きをすることです」。

 どうも「手抜き」というと「なまくら」「いい加減」という印象を持たれがちです。しかし、私の言う「手抜き」は違います。努力の配分を意識して行うことを指します。

 どう頑張っても1日に出せる努力の量は限られています。では有限の努力を1日24時間のうちどこに置くか。大まかでいいので「自分の努力」をどう配分すればいいのかを、常に考えることをおすすめします。

「今日は13時から15時までの企画書作りに最大の努力をしよう、午前中は単純作業なのでそこそこの努力でいいかな」という感じ。つまり、力の入れ具合を自分で決めてしまうのです。
経営問題や環境・エネルギー問題を考える場合と同じですね。今あるリソースを最大限に生かすためにどうするか、限りある資源をどう配分していくかという「能力エコロジー」な発想で、努力を配分します。

■手を抜くことを全力で考える

 昔の体育会系だったら、根性で走れとか、気合で乗り切れと言っていたかもしれません。それよりも、現実にある100%の努力をいかに配分するかという点にもっと注力したほうが、効率的に、継続的に仕事をこなせるはずです。

 努力の配分とは、別の視点で見ると、「考える」ことの配分でもあります。ややこしい話になってしまいますけど、私は「考えないようにすること」をすごく考えます。
「手を抜くべきこと」は手を抜かずに、しっかり考える。考える必要がないものは極力考えない。では何を考え、何を考えないのか。その配分をしっかり考える必要があるのです。

■常に全力投球なんてムリ!

 私は小・中・高時代は水泳、大学時代はアメリカンフットボール、社会人になってからはボクシングをしてきました。いつの時代も各運動部のコーチによく言われました。
「常に全力を出せ!」

 率直に言ってしまうと、この言葉に違和感を持ちながら練習をしてきました。なぜ違和感を覚えたのかというと、常に全力、またはそれ以上を出し切っていると、どこかでひずみがきて、「本当に頑張るべきときに頑張れないのでは」と感じていたからです。
それでも言われたとおり、常に全力で取り組んでいましたので、案の定、頑張る必要がないところで頑張りすぎてケガをしたり、本番で集中力を欠いて失敗することもありました。

 そして医学を学ぶにつれ、人間の体力・脳力には限界があるということを理解してきました。
肉体は疲労が溜まるとパフォーマンスが明らかに低下します。体は水分が足りなくなったり、血糖値が下がったり、乳酸が蓄積したりすると、生体反応として如実に疲れやだるさが出てきます。その肉体の声を無視して頑張ると、体調の悪化や集中力低下につながり、結果的にパフォーマンスを大幅に落とすことになります。

 そのためにも手を抜けるところは手を抜いて、その間に栄養補給と疲労回復に努め、次に来る山を乗り越えるようにスタンバイをしておく必要があるのです。つまり、運動でも知的作業でも、力の緩急が必要だと思います。
プロフェッショナルとは、このような力の入れどき・抜きどきをよくわかっている人なのではないでしょうか。

■これだけは守りたい、手抜き3原則

 私が手抜きの際に気をつけているのは次の3点です。

1.仕事のボールを持っているときは手を抜かない
2.ルーチンワークのときは極力手を抜く
3.食事中と布団の中では完全に手を抜く

1.仕事のボールを持っているときは手を抜かない
仕事では必ず相手がいます。相手とは患者さん、お客さん、上司、チームメイトであったりします。そこで自分に仕事のボール(タスク)を課されたときには手を抜くわけにはいきません。たとえば医師が、目の前で患者さんが痛がっている場面で手抜きなどありえません。

2.ルーチンワークのときは極力手を抜く
一日の仕事のうち、ルーチンワークが必ずあると思います。ワークと言っても、仕事だけとは限りません。「いつもと同じパターンで動いている時間」これがルーチンワークです。たとえば、通勤、パソコンの立ち上げ、簡単なメールチェック、コピー、注文票の転記、などなど……。つまり、頭や体をそれほど注意して動かさなくても済む場面のことです。そのようなときは遠慮なく手を抜きます。むしろ何も考えずに肩の力を抜いて、リラックスして作業や動作を行います。
もし、ルーチンワークと考えて手抜きをしたらミスしてしまった場合は、それはルーチンワークにするのが早過ぎた、と判断して習熟するのを待ちます。

3.食事中と布団の中では完全に手を抜く
食事中と寝るときは、完全に手抜き状況を作るようにします。本当の意味の、栄養補給と疲労回復の時間ですから。
お風呂に入ることやスポーツジムで汗を流すことは、手抜きとは少し違います。私の場合、お風呂は血圧変動が大きく、結構体力を消費しますので、手抜き時間には入れません。また、スポーツは交感神経をフル回転させますので、これまた手抜き時間には入れません。

■手抜きで疲労回復しよう

 手抜きとストレス解消は、別のものです。
手抜きは疲労回復のため、体調の変動を極力小さくする時間と考えています。

 なので布団に入ってから、悶々と頭を使って考えるのはいただけません。「布団の中は完全に手抜き!」と割り切って、堂々と手を抜いてぐっすりと眠って下さい。眠れない場合でも、体を横にして静かに目を閉じて下さい。それだけでも内臓への血流が増え、脳の疲労回復につながります。

 手抜き時間や手抜き方法は人それぞれあると思います。その際には、手抜きの目的を明確にして、時間を決めて、区切りをつけて手抜きする必要があります。だらだらすると本当の手抜きになってしまいますので、気をつけて下さい。

 次回は効率良く、仕事の質を上げる技術について説明します。