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第15部 百年の森林〜岡山県西粟倉村から<2>合併せず自立の道

(2012年6月15日 読売新聞)

岡山県西粟倉村の南西に、2005年3月、6町村が合併してできた美作市が広がる。

人口約3万人。西粟倉の20倍に及ぶ。だが、美作市への合併構想から離脱を決めた当時の村長の森林組合長、道上正寿さん(62)に後悔は一切ない。

合併の話に行った総務省で担当者から地図上の村を「小さいですね」と言われた。「合併しても置き去りにされるのでは」という心配が消えなかった。

代々の専業農家の出。関西大を卒業後、自然に実家に戻り、「身の丈の生活」が染みついている。箱物行政が嫌いで、「行革」を掲げ、村議を経て1999年、村長に就任した。

赤字だった観光公社の職員を半減。村役場は7課体制から4課に。2割の予算を削減した。

村長時代の一番の気がかりは雇用の場だった。農業も林業も振るわず、バブル崩壊後、村内にあった工場の撤退が相次ぎ、人口流出に拍車がかかった。

一方で、東京に出張すると、1、2年でビルが建て替えられるのを目の当たりにした。

「こんな動きに地方はついていけない。東京発のまねではなく、地域資源を育てる必要がある」。そう痛感した。村単独で生きていく道を選んだ後、取り組んだのが、総務省の民間支援型地域再生事業の活用だ。

新たな地域資源の発掘にはプロの知恵がいる。パートナーとして京都市コンサルタント会社と組んだ。

 〈赤字の「道の駅」を特産品でリニューアルしよう〉

 〈ヤギの酪農を始めたら〉

活性化のためのアイデアは出たが、どれも現実性に乏しい。やはり、森の活用しかない。

森の間伐には国から補助金が出る。この間に間伐材の加工品販売など、森での経済の循環を考える――。道上さんが行き着いた「百年の森林構想」だ。

道上さんは、祖父、父と受け継がれてきた裏山のヒノキ林を見上げて育った。秋の収穫を終えると、父親と間伐を続けた。色々な思いが詰まった場所だ。

森からは文化も誇りも生まれる。道上さんにとって、産業創出の発想にとどまらない。

平成の大合併> 地方自治体の行財政基盤を強化するため、国の主導で1999年から全国的に進められた。2010年3月までに642件の合併が成立し、3232あった市町村は1727まで減少。人員合理化や公共施設の統廃合で行政のスリム化が図られた一方で、住民サービスの低下も叫ばれている。

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