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レノボ、HP……PCメーカーの「Made in Japan回帰」はなぜか

プレジデント 4月24日(火)10時30分配信

製造拠点を海外へ移す日本企業が多いが、レノボ、HP は日本国内での生産に切り替えている。国内での製造には顧客価値を高められるという強みがある。日本企業はそれに気づいていないのではないか。

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■米沢事業所の優れた「クイック・レスポンス」力

中国のパソコンメーカー、レノボが日本の米沢工場でパソコンの生産をはじめるというニュースが報道された。レノボは、IBMのパソコン事業を買収した会社である。昨年は、NEC合弁会社(レノボが過半数保有)を設立し、NECのパソコン事業を統合した。この統合はNECにとってもメリットがあった。レノボの部品調達力を利用して部品コストを下げることができるようになり、NECの国内でのシェアは上昇した。

電子製品の場合、コストダウンの鍵は基幹部品のコストダウンである。台湾や中国のOEMメーカーやEMS(電子機器製造サービス)会社のコスト優位は、他社の生産を請け負い、生産台数を増やすことによって、部品サプライヤーに対するバーゲニング・パワーを高め、調達コストを下げることができる点にある。電子製品の製z造原価に占める人件費は2割以下であり、人件費を下げるよりも部品調達コストを下げるほうが効果は大きい。

米沢工場は、NECのパソコンの主力工場である。この工場でレノボのパソコンの生産が行われることになったのは、日本の1電子機器メーカーにとっても明るいニュースであり、海外へ流出していった工場が国内へ回帰する可能性が出てきたからだ。日本の工場の製造コストは高いけれども、メード・イン・ジャパンという原産地証明は高コストを補ってあまりある価値を持つとレノボは判断したのだろう。
発展途上国の企業の目からすると、「メード・イン・ジャパン」という原産地証明は、日本人や日本企業が考える以上に価値を持っているようだ。日本の国内では、円高や過剰な労働規制のせいで、日本は高コストだから国際競争力がないという見方が強くなっている。確かに、コストでは発展途上国の量産企業には勝てない。しかし、量産品質に関しては、日本での生産で顧客価値を高めることができる。

この顧客価値には2種類のものがある。第一は、顧客の要求に合わせてスピーディに商品を供給するクイック・レスポンス能力の高さである。米沢事業所は、かつては、ユニット生産で国内を代表する工場であった。ユニット生産とは、一人の作業者が製品をゼロから組み立て完成させる製造方法である。この方式では段取り時間が短くてすむから、営業部門から発注のあった商品をすぐに供給することができる。組み立ての場所が屋台のラーメン屋を連想させることから屋台生産とも呼ばれていた。
米沢工場は、その後も、RFID(Radio Frequency Identification)を活用した生産管理システムを取り入れ、生産効率を高めている。RFIDとは電磁波を使った非接触の自動認識技術で、小型無線チップをタグやカード、商品に付け、チップの情報をもとに在庫管理や物流管理を行う生産管理の方式である。


■日本の高い量産品質を支える4つのカギ

メード・イン・ジャパンの価値を生み出すもう一つの源泉は、量産品質の高さである。故障が少ない、異常が少ない、サービスが不要であるなどのメリットである。日本の工場の量産品質の高さは、4つのことから生み出されている。

1つは、提案制度やQCサークルなど、現場の作業者の気づきや工夫を取り込む現場管理の方式である。海外の工場は生産効率を持続する力を持っているが、日本の工場のようには進化しないといわれている。日本では、現場の人々がさまざまな改善のアイデアを出すことによって、生産効率の改善や不良品の削減が行われている。

第2は、製造現場と設計部門の距離が近いために、現場の人々が生み出した知恵を次の製品の製品設計に生かすことができる。この距離は3つのレベルでとらえることができる。第1は、物理的距離である。設計部門が工場に常駐していることが多い日本の工場では、物理的距離が近いため、製造部門から設計部門へのフィードバックが容易なのである。第2は、組織的距離である。製造グループと設計グループが同じ上司によって管理されている場合には、組織的距離が短いといえる。最後は、心理的距離の近さである。製造グループと設計グループが同じ企業の従業員として同じ仲間だと感じている場合には、心理的距離は近いと考えることができる。後に述べるように、これらの距離は遠くなりつつある。

量産品質を支える第3のファクターは、現場の人々の仕事への姿勢である。報酬がほしいから仕事に取り組むのではなく、仕事にまじめに取り組むのは人間として当然の義務だという意識である。このような意識は、文化的な産物であり、教育や訓練によっては容易につくることはできない。よい品質をもたらす仕事は成果主義の報酬によってはもたらせないというのは、マックス・ウェーバー以来の社会科学の常識だ。あまり知られていないが、ウェーバーは、来世を否定する儒教では、仕事に打ち込もうという精神は生み出せないといっている。このような仕事意識は文化的産物であると考えることができる。

高い量産品質を支える第4のファクターは、多様なサプライヤーの仕事の質の高さである。品質は少数の企業の力では生み出せない。部品や原材料のサプライヤーの仕事の質、電力会社の電力の供給の仕方も製品の品質を左右する。鉄道や物流会社の仕事の質も重要である。品質は、一国の産業全体の産物なのである。

このように考えれば、工場を日本に持つことの価値は高い。にもかかわらず、日本の企業はその価値に気づいていない。それが当たり前だと思っているからである。海外へ行ってみて、その価値を悟るという例も少なくない。
日本企業にとっての戦略的な課題は、コストを下げることではなく、高くても買ってもらえる価値を訴求することである。1ドル360円時代と比べると、円の価値はほぼ4倍になっている。発展途上国の追い上げも厳しい。このような環境では、コストで競争することは難しい。勝つためには、高くても買ってもらえるだけの価値の訴求が必要である。このような環境にある日本企業にとってレノボの決定は、貴重なヒントになる。パナソニックレッツノートは、メード・イン・神戸であるが、高価格を補ってあまりある価値訴求に成功している。
レノボが示しているようにメード・イン・ジャパンは、顧客にとって重要な訴求点となりうる。他の業界でも、原産地証明を付加価値にしようという動きが見られる。靴下のタビオは、日本製の靴下を海外で高く売ることに成功している。今回のレノボの決定は、日本の電子機器メーカーにとって重要なヒントとなる。

ところが、日本企業は、高品質を支える条件を自ら捨てつつある。気になるのは、設計部門と製造部門の距離が遠くなっていることである。工場の海外移転は物理的距離の拡大をもたらした。それだけではない。国内でも、心理的距離は遠くなっている。製造現場では非正規社員が増加し、正社員中心の設計部門と同じ仲間だと感じるのが難しくなっている。レノボNECの動きは、このような変化を逆に巻き戻す可能性を持っている。その成果を注意深く見守ることにしよう。


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