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親子引き離しと再生 悩む児相

「迷ったら保護」命守るため

「人でなし。子供を返せ」。昼下がり、大阪府内の住宅街に女性の怒声が響いた。


府内の児童相談所(児相)の男性職員(37)は今秋、生後数か月の女児を職権で一時保護した。女性は10歳代のシングルマザー。数週間前から女児をほったらかして外出を繰り返していた。

通報を受け、確認した女児の体重は5キロ。平均より2割以上軽い。自宅に置いたまま支援するか、保護するか。検討していた時、女性から電話があった。「娘と家を出る。もうかかわらんといて」。育児を放棄している疑いは強いが、子供は手放したくないのか。

「連絡が取れなくなるとまずい。保護するしかない」。すぐに駆け付けた。拒む女性ともみ合いになった。そのすきに別の職員が女児を連れ出した。

バッグを手に家を出て行く女性を見ながら職員は思った。「この親子はいつか、一緒に暮らせるだろうか」

児相は虐待対応の最前線を担う。府内は、8か所の児相がカバーする。昨年度は、専門職員計約100人で、約7700件に対応した。継続分を含め1人あたり年間100件前後を抱える。

通報から原則48時間以内に子供の安全を確認する。その上で、親子を引き離さずに再生させることを第一に支援の方法を検討する。

保護はあくまでも最終手段。だが、判断ミスは死につながるから、「迷ったらまず保護に踏み切る」。

親が激しく抵抗する場合は、通園、通学途中に保護することもある。「すべては子供の命を守るため。『人さらい』となじられても、ためらいは許されない」と、職員は話す。

一方で、府の児相が年間約650人もの子供を保護する状況に疑問を感じる。子供は救えても、親には児相が「敵」になるからだ。この児相の相談室の壁には親が蹴り開けた穴がある。刃物をちらつかせる親もいる。防刃チョッキも備えている。

親子を引き離してから最長で2か月後、子供を家庭に戻す「家族再生」の役割も、児相は受け持つ。それは、「右手で殴り、左手でなでる」ようなもの。いったん対立した親と信頼関係を築くのは難しい。

再生に向けた話し合いがつかなければ、子供を施設に入所させるしかないが、女児を保護した女性は一方的に連絡してくるだけで連絡先を教えようとしない。

昨年、児童虐待による被害者数は全国で過去最多の362人に上った。命を最優先させるため、児相の権限強化は進む。2008年には家庭への強制立ち入り調査が可能になり、今年改正された民法で、最長2年間の親権停止が新設された。民法改正の議論の中で、親子を引き離す権限を、司法に委ねる案が俎上に上ったが、結論は見送られた。

職員が、女児を施設に入れて帰宅した。いつものように日付が変わろうとしていた。食卓に、妻が用意してくれたハンバーグとカボチャの煮物。横に書き置きがあった。〈パパへ サッカーの試合録画してるから、今度一緒に見ようね〉。小学生の息子の文字。一緒に暮らす幸せをかみしめながら、ビールをあおった。いつもよりほろ苦かった。

「保護は必要だが、いったん引き離せば、『親子』に戻るのは難しくなる。児相が相反する役割を担ったままでいいのだろうか」

児童相談所 都道府県などが全国206か所に設置し、専門職の児童福祉司を中心に虐待に対応する。全国の児相の対応件数は昨年度、前年度より1万件以上多い5万5152件(速報値)で、過去最高を記録した。一方、児童福祉司も増員されているが、昨年度は2606人と、前年度より129人増えただけだった。

(2011年11月3日 読売新聞)