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「第四次産業」の創出と日本の再生

正木一郎さん(=MIT(マサチューセッツ工科大学) ITS研究センター 所長)のコメント記事。
ちょっと長文やけど、掲載しておきたい。

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日本の経済が既に「失われた20年」と言われる長い停滞期を経験し、しかも今回の3.11(3月11日に発生した東日本大震災)によって未曾有の大打撃をこうむった以上、日本経済は今こそ、抜本的かつ迅速な改革を迫られていることは疑いない。そこで、私は日本の体質に合った「第四次産業」を新しい日本経済の柱とすることを提案したい。

これまでの産業の発達は、歴史的に見て細分化と規格化とによって促進してきた。すなわち、供給者は開発・生産したものを単体で製品あるいはサービスとして需要者に提供してきたことになる。そのため、それらの製品・サービスは、需要者の要求や安全を完全に満たすとはかぎらなかった。さらに、それらの製品・サービスは規格化されているがために、需要者は製品・サービスに自分を合わせることを強いられてきた。

このような状況が、第一次産業農林水産業)、第二次産業(製造業)、第三次産業(サービス業)のすべての分野において共通に見られることに注目すべきである。そして、すべての産業分野において、供給者が需要者の要求により近づいた製品・サービスを提供することが、第四次産業である。

この第四次産業は、日本の体質に合っている。その理由は、日本には、科学技術の総合的な質の高さとお家芸である、きめ細やかさがあるからだ。そして、これら日本の総合力を駆使して従来の第一次、二次、三次産業のそれぞれに付加価値を加えることで、第四次産業化に成功すれば、日本を支える新たな主要産業となり、日本に三度目の奇跡的再生をもたらすことは間違いない。

■需要者の要求に近づくための二つの方法
実は、第四次産業の概念は別に真新しいものではない。例えば、米FedExフェデックス)社の宅配便のような事業が既に行われており、幾つかの事例がある。そして、この流れはおそらく10年後には、世界中のすべての産業において当たり前のことになるはずである。従って日本が今、グローバル競争において優位に立つためには、いかに早く他の国に先駆けてすべての産業を第四次産業に転換できるかどうかにかかっている。そのためには、それぞれの企業が第四次産業への転換という明確な意識を持って、迅速に産業構造の変革を推し進めることがカギとなる。

第四次産業において、供給者が需要者の要求に近づくための具体的な方法は二つある。一つは特注化である。すなわち大量生産による規格化をやめ、カスタム化された情報あるいは製品を提供することだ。ただし、従来のように人手に頼ってカスタム化を進めるとコスト高になるため、高度な技術を駆使することがポイントとなる。

もう一つの方法は、供給者の専門化・細分化をやめ、統合化によって需要者の要求に「まるごと」応える事業展開を進めることである。ここでいう統合化とは、「考える対象の枠を広げる」ことである。例えば、自動車を安全にするために、以前には自動車のみを研究開発していた。しかし、それだけでは限界があることが見えてきた時、考える対象の枠を自動車だけでなく、道路や信号にまで広げたのが高度道路交通システム(ITS)であった。そして現在、自動車をより安全にするためには、考える枠をもっと広げて「街システム」という広い枠の中で考える必要に迫られている。

■交通事故ゼロの街を実現し、世界へ発信
ここからは第一次、第二次、第三次産業のそれぞれを第四次産業に転換する具体例を述べたい。第一次産業第四次産業に転換するとどうなるだろうか。例えば、農作物を店頭で購入する場合、個々の農産物に関する情報、すなわち生産地や収穫日をはじめ、使用した農薬や肥料、さらにその地域の水や土壌の汚染の有無などの情報をデータベース化し、その情報をおのおのの農作物に添付する。また、インターネットを介して購入する場合には、購入者の要求を入力すれば、流通業者を通さずに直接、農家から宅配されるような仕組みが考えられる。

第一次産業第四次産業化は、わずかではあるが既に始まりつつある。仮にこれが大きな流れとなって日本の農作物に安全という付加価値を加えることに成功した際には、環太平洋経済連携協定(TPP)の批准による打撃を大いに緩和することができるだろう。なぜなら、安全を保障された地元の新鮮な農作物を、日本の賢い消費者は必要としているからである。

第二次産業第四次産業に転換する事例を、ここでは二つ挙げよう。第一の例は、高度道路交通システムがある。高度道路交通システム関連では、既に世界で普及しているアプリケーションとして、ナビゲーションシステムやETC(自動料金収受システム)、救急車などが近づくと信号が自動的に切り替わる「現場急行支援システム」などがある。

今後に期待されているものとしては、自動車の衝突予防システムや全自動運転システムなどがある。将来の衝突予防システムには、例えば運転席から見えないカーブの先に障害物があった場合、その障害物を道路上のカメラで捉らえ、画像情報を無線で自動車に送ることによって衝突を防止するシステムなどがある。さらに、交通事故の原因のほとんどが運転者のミスにあることを考えると、交通事故撲滅のためには全自動運転の実現が必須である。

ただ、既存の手動運転の自動車に混ざって普通の道路を走行できる全自動運転の自動車を開発することは、現在の技術では非常に困難である。従って、まずは全自動運転専用の車線の建設から始めなければならず、現在の交通システムの枠の中で全自動運転を考えることには限界がある。そのため、先ほどの統合化のところで述べたように考える対象の枠を広げ、街づくりという枠で考える必要がある。もし今、震災地のごく限られた地域に全自動運転による交通事故ゼロの街を実現し、世界に発信できれば、今後の日本の大きな産業とすることができるだろう。

■アパレル産業の第四次産業
第二次産業第四次産業に転換するもう一つの例として、高度な技術を駆使することによって製品をカスタム化する方法がある。それによって、これまで高級品であったオーダーメイドの洋服、靴などを量販品に近い価格で提供することができる。実現には、体形自動測定器、自動裁断機、自動裁縫機、またコンピュータによるオンラインのデザイン・システムなどを開発することが必要である。

オーダーメイド品を低価格化するには、こうした開発を避けて工場を海外に移転する方が短期的には有効である。だが、その結果は日本産業の空洞化と衰退にほかならない。今こそ日本は、長期的展望を持ってアパレル産業の第四次産業への転換を本気で推し進める決意を必要としている。そして、この転換が実現した時、中国製品が世界を席巻しているアパレル業界の現状に大きな変革をもたらすことができる。

■医療は政治的決断だけで実現可能
最後に、第三次産業第四次産業に転換する例を一つ挙げる。医療を第四次産業に転換するためには、実は既存の技術で十分であり、それよりも医療制度を改善すること、すなわち政治的決断だけで実現が可能である。

患者はまず、看護師だけが常駐している医療サービスセンターに行き、そこで必要な検査のみを実施する。そのデータをコンピュータを用いて自動診断し、その結果を一般医に送る。一般医は、コンピュータの診断を正しいと判断した場合、「OK」のボタンを押して診断は終了する。しかし、一般医に疑問があれば、患者とモニターで会談し、必要ならば、より詳細な検査を実施すると同時に、テレビ電話を通じて専門医と相談する。

このような診断システムは、患者の時間と費用の節約になるだけではなく、体力の消耗を最小限に抑えることができる。また、必要な場合には専門医の診断を迅速に受けられるというメリットがある。さらに、受けられる医療の質に対して地域格差を縮小できるため、過疎化の防止に役立つ。この他、医療関係者の分業を進めることになるため、医療効率および医療の質の向上をはじめ、医療費の抑制につながるなど益は大きい。

以上、ほんのわずかだが第四次産業の具体例を挙げてみた。既にこれまでに考えられたものの実現に至っておらず、大きな期待が寄せられているものも多い。確かに技術的なハードルは高い。しかしながら、それを乗り越える以外に日本の生きる道はないという危機感と、さらに将来の大きなビジネスチャンスにつながるという広い視野を持つことができれば、必ず成功するはずである。

こうした挑戦が成功すれば、日本の三度目の再生という奇跡を成しとげられるだけではなく、その優れた経済構造において、日本が世界をリードすることになることは疑いないと信じている。
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